王子

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王子

「おかしい。なぜこんなことに……」  靴を履くため一列に並んだ町民たちを見ながら、王子はうわごとのように呟いた。セバスチャンの「呉服屋ムドウ、黒。連行しなさい」という機械的な声が届く。  これでちょうど百人目だ。なぜだ? なぜこんなに靴と足のサイズがぴったり合う者が多いのだ? シンデレラの物語のように、この方法を使えばたった一人を特定できるはずではなかったのか。 「次。履いてみなさい」 「お、おう」 「うむ……ぴったりのようですね。農夫アレン、黒。連行しなさい」 「ちょ、ちょっと待ってくれ! こんなの無茶苦茶だ!」  また一人容疑者が増えた。農夫のアレンと言ったか。彼は従者に引き立てられそうになりながらもささやかな抵抗を見せる。 「無茶苦茶? 何が無茶苦茶だというのです?」  冷めたようなセバスチャンの問いかけに、アレンは早口で答える。 「だ、だってその靴、『タガヤス』の『農足』じゃねぇか! 今時誰でも履いてるよ! 御上さんはご存知ねぇだろうけど!」  アレンの主張に、セバスチャンは靴職人を呼び出し確認しているようだ。  どうだったかと尋ねると、セバスチャンは小声でおずおずと答えた。 「……彼の言う通りでした。タガヤス社の農足シリーズ、その中でも一番人気の格安商品で、国民の多くはこの靴を愛用しているそうです」 「そ、そうなのか?」 「はい。それと、この靴の二六センチというサイズですが、我が国の成人男性の平均と同じようでして。女性でも一部の者は該当しますので、併せると実に三割の人口がこのサイズの……」 「三割だと!?」 「は、はいぃ! すみません!」  初めて知る事実に驚愕する王子。二六センチってそんなに多いのか? 本当にそうだとしたら、この町だけで三百人超の容疑者が生まれてしまうことになる。  そんな馬鹿な話があるか! しかし実際、それぐらいは軽く超えそうなペースで町民は引き立てられている。  我が意を得たり、とでも言わんばかりにアレンが吠える。 「ほらみろ! だいたいこの靴は市販品だろう? 多くの人の足に合うよう作られた市販品(もん)で、犯人が絞れるわけがない! シンデレラみたいにオーダーメイドならともかく」 「う、うるさい! ぴたりとサイズが合った以上、お前も容疑者だ! セバスチャン! こいつを連行しろ!」 「なに!? おいこら、やめろ! なんで善良な国民である俺が、足のサイズ如きで捕まらなきゃならねぇんだ! 放せ!」  生意気なアレンという下民を怒りのままに捕らえさせる。彼は喚きながらも、最終的にはなす術なく従者どもに連行されていった。  困惑と恐怖がない混ぜになったような下民どもの視線に耐えかね、王子はさらに怒りを込め指示を出す。 「おい、次の者早くしろ! 名を名乗れ!」 「エ、エリィと申します」 「さっさと靴を履け!」 「はい……」  エリィと名乗る汚らしい青年はおそるおそるといった様子で右足を靴の中に差し入れた。だが、どこからどう見てもブカブカで、試しに歩かせてみたものの酷く歩きづらそうにカッポカッポと音を鳴らしている。 「むぅ。お前は白だな。下がってよし……次! 名前は!」 「ルパンヌです」 「黒だ。連れて行け」 「なっ! まだ履いてもいないのに、どうして!」 「名前が怪し過ぎる!」 「そんな殺生な!」  こうして、王子は靴と足のサイズがぴったりだった者+α、計四百名弱を全て牢にぶち込んだ。
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