壱 春の夜、大井や

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何年も蔵の中でひとりぼっち、他人と会話をしていなかった。 今までに受けてきた仕打ちと比べれば、心無い言葉なんてものは羽虫が耳元で飛び交う音にも満たぬ、些細なことであったから。 「ウチの薬で、正月を越えられた……と、ご子息が伝えに来られたんだ」 父の背後から、継母はじっと僕を見ていた。憎しみのこもった目つきは、ある意味いつも通りだ。 「お父さん。それくらいにしたらいかが?」 言葉をぼそぼそと紡いでいた父が、はっと顔を継母に向ける。 「あ、ああ。もう時間か」 「さっさと出て行きなさい」 継母は家から僕の居場所を無くさせた。ようやく目障りな人間がいなくなるとでも言わんばかりにふんぞり返っている。 「お父さん、だらだら話が長いのよ――」 継母は、僕だけでなく家族や職人などにもはっきりとした物言いをする女性だった。二人に背を向ける。 本当のお母さんが死んだあと、生家にあったはずのささやかで幸せな日常は終わってしまっていた。 薄暗い蔵の隅に追いやられ、父の真意も知ることなく、ただ毎日、薬草の根をむしりつづける。3日ごとに職人さんが、根を載せた箕を蔵から持ち出してゆく。
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