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冬(晴琉編)
「あ……」
とある日曜の昼下がり。ソファに座り優雅に読書に耽る寧音の膝を枕にして、スマホを見ながらだらしなく過ごしていた時のことだった。読書の合間にスマホを見た後に、寧音にしては珍しく見るからに落ち込んでいるようだったから思わず声をかけた。
「何かあった?」
「……コンサート、ダメだった」
「あぁ……」
そういえば寧音が行きたがっていたコンサートのチケットの抽選の結果が今日だった。日本の有名なオーケストラのコンサートで、海外の女性歌手がゲストに決まり、久しぶりに来日するとかで抽選の倍率が上がると思うと事前に寧音から聞いていた。寧音は小さい頃海外旅行に行った際に両親に連れて行ってもらったコンサートで彼女のファンになったらしい。日本で歌声を聞ける滅多にない機会を逃してしまったわけだから、寧音が落ち込むのは仕方がないことだ。
「きっと次があるよ」
「……うん」
海外の歌手だと国内のアーティストと違って次はいつ来日してコンサートをするかも分からないから、慰めにもならない言葉しかかけられない。どうやって元気を出してもらおうか考えていると、寧音の表情が一瞬だけ、戸惑ったように見えた。
「どうしたの?」
「……何でもないよ、大丈夫。ねぇ晴琉ちゃん、コンサートの代わりにデートして欲しいな」
何かあったような顔を寧音はしていたのに、すぐに取り繕うような笑顔に変わってしまった。膝の上に乗っている私の頭を撫でながら、私の気を反らすようにデートの提案をされると余計に気になってしまう。それに何だか隠し事をされているようで嫌だった。
「寧音、何かあったんでしょ?教えて?」
体を起こしてソファの上に正座をして寧音と向き合った。私の真剣なお願いに、寧音は迷いを見せながらも、おずおずと説明を始めた。
「あのね……礼ちゃんから、お誘いがあって……」
「礼ちゃんから⁉」
礼ちゃんの名前を久しぶりに聞いて驚いた。確かすっごく頭の良い大学に行って、それで寧音の通う大学とはインカレで繋がりがあって、随分前に大学構内で偶然会ったことがあると寧音から聞いていた。礼ちゃんとは寧音とのことで因縁があったから拒絶反応は残ったままだった。礼ちゃんの名前を聞いて分かりやすく眉間にシワを寄せた私を見たからか、その後寧音から礼ちゃんの話を聞くことはなかった。
「コンサート……礼ちゃんも応募したみたいで……その、当たったから、一緒にどう?って……」
「あぁー……」
私の心境は複雑だった。礼ちゃんと寧音は趣味が合うのだ。私と寧音に比べたら天と地の差があるほどには。礼ちゃんと因縁がなければ素直に一緒に行っておいでと言えたのに。いや、もう寧音のことを信じているのだから、コンサートくらい行っていいよと言ってあげるべきなのだろうか。いやいや、礼ちゃんの現況を知らないから簡単にはそんなこと言えない。まだ寧音のこと、礼ちゃんは狙っているかもしれないじゃないか。
「大丈夫だよ、もう断ったから」
「え、早っ!……ちょ、ちょっと待って!」
寧音が持っていたスマホをいじる手を掴んだ。
「晴琉ちゃん?」
「だって、寧音は行きたかったんでしょ?」
きっと私のことを想ってすぐに断ってくれたことは嬉しいけど……でも、次の機会がいつになるかも分からないコンサートに行って欲しい気持ちもあって、そして自分が寧音をコンサートに連れて行ってあげられないことが悔しくて……。
「ねぇ晴琉ちゃん」
悲しそうな寧音の声が聞こえたと思ったら抱きつかれていた。私の背中に手を回し、ぴったりとくっついている。
「……『行っておいでよ』なんて、もう聞きたくない」
「寧音……」
「きっと次があるんでしょう?」
「……そうだね」
抱きしめ合って、おでこをくっつけて、気持ちを確かめ合う。
「……私、本当に礼ちゃんとコンサートに行ってもいいの?」
「ごめん、やっぱり嫌だ……行かないで寧音」
「うん、それで良いんだよ……晴琉ちゃん。もっと、私のこと、独り占めしてよ」
「わかった。そうする」
そうして微笑み合って、私はもう一度寧音を抱きしめ直して、そのままソファの上で押し倒した。
「ねぇ寧音。そのコンサートってさぁ、海外なら、もっとチャンスあるかなぁ?」
「んー……来日するのを待つよりはあると思うけれど……」
「それなら今から貯金始めてさ、二人で海外に行こうよ」
「……それ、本当に言ってる?」
「うん。あ、現実的じゃない?」
「……大体数年おきにツアーはしてるから、夢じゃないと思う……でも、本当に良いの?」
「うん、そうしたい」
「そう……嬉しい。ありがとう晴琉ちゃん」
どうやら元気を出してもらえたようだ。寧音に笑顔が戻り、私も笑顔になる。待望のコンサートに数年後、参戦することが出来るのならば、その頃には私たちは社会人になって自立して生活していることだろう。その日までに私たちの関係が変わらず、いや今よりもずっと強く、一緒にいたいと思える関係でいるならば。本当に寧音のことを、私が独り占めしていいのなら――
その日が来た時に私は、キミに永遠の愛を誓っても良いだろうか。
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