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冬(寧音編)
「デートしよ!」
一緒に暮らすようになってから「デート」という言葉をあまり口にしないようになっていた。一緒に出かけることも当たり前のようになってきたからかもしれない。久しぶりに聞いた「デート」という言葉の響きに密かに胸がときめいていた。期待を隠して「どこに行くの?」と聞いたら「内緒!」と言われてしまったから、私は晴琉ちゃんに全てを任せることにしてデートの日を待っていた。
「え、車なの?」
デート当日。出発は夕方で、どこかでディナーでもするのかと想像していたら、準備があるからと先に出かけた晴琉ちゃんは車で帰ってきた。実家から借りて来たらしい。晴琉ちゃんは免許を取ってから実家の車に乗っていたけれど、私と一緒に乗ることはなかった。大抵電車で行ける場所に出かけていたからだ。
「うん。目的地はまだ内緒~」
ドライブをしている間、晴琉ちゃんはずっと機嫌が良かった。初めて見る運転姿は様になっていて頼もしい。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「かっこよくて見惚れちゃった」
「えぇ⁉ちょ、運転中だから!動揺させないで!」
「晴琉ちゃんかわいい」
「もぉ私で遊ばないでよ」
冬の夜の訪れは早い。気が付けばもう辺りは真っ暗になっていて、郊外に進んでいるようだった。
「――着いたよ」
晴琉ちゃんに連れられた場所は郊外の小さな山のふもとにあるパーキングエリアだった。とりあえず近くにあるレストランでご飯を食べようと言われ晴琉ちゃんの後を素直について行く。何か名物の食べ物でもあるのかと思ったけれど、そういう訳でもなかった。本当の目的が分からないまま食事を終え、再び晴琉ちゃんの後をついて行く。
次に案内された場所は広い公園だった。特別何か催しがある訳ではないようだけれど、ある程度距離を保ってぽつぽつとこんな寒空の中、各々キャンプを楽しんでいる人たちがいるようだった。晴琉ちゃんは大きな袋を手に持っていて、中から何か取り出すと、あっという間に二人掛けのアウトドア用の椅子が出来上がった。
「寧音おいで」
招かれるままに椅子に座るとブランケットをかけてくれて、背中をもたれるよう促される。そうしてようやく私は晴琉ちゃんがここに連れて来てくれた目的を理解したのだった。
「綺麗……」
思わず声が漏れた。見上げた空には満天の星空が広がっていた。
「あの……この前のお詫びです……」
ブランケットの下で手を繋がれながら伝えられた言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
「……あぁ、そういうこと」
そして全てを理解した。晴琉ちゃんがいうこの前、というのは一緒にプラネタリウムを見た時のことだろうと。というのも晴琉ちゃんは途中で寝てしまったのだ。終演後、私に起こされた晴琉ちゃんがとても申し訳なさそうに謝り続けていたことを思い出した。
「別に怒ってなんかなかったのに」
「いやぁでも、せっかく一緒に行ったのに寝るなんてさぁ……嫌かなぁって」
嫌でもなかった。むしろそれが理由なら晴琉ちゃんが申し訳なく思う必要なんてない。だって私もあの時、カップルシートの中で、すぐ傍にあった晴琉ちゃんの寝顔ばかり見ていて、プラネタリウムに集中できていなかったのだから。
「そんなことないよ……連れてきてくれてありがと」
本当のことを伝えるのは恥ずかしくて、ただお礼だけを言って晴琉ちゃんの肩にもたれた。
「……晴琉ちゃん?」
すぐ傍にいる晴琉ちゃんが何かソワソワとしているのが伝わる。
「どうしたの?」
「たぶんそろそろだと思うんだけど……」
「何が?」
「あ、ほら!」
晴琉ちゃんが指を差した夜空に一瞬だけ、星が流れた。と思ったらまた、再び、星が流れていく。
「え、すごい……」
「今日、流星群が見られる日らしくて……良かったぁ、見られた」
そういえばそんな話をニュースで目にしたような。晴琉ちゃんとのデートに意識が向き過ぎていて全然頭になかった。安堵する晴琉ちゃんの声が聞こえて、冬の寒さなんて気にならないくらい、繋がる手が、触れる肩が、心が温かく感じていた。
冬が終われば春が来て、そして大学生活で一番大変な時期が始まる。晴琉ちゃんは就活と秋には教員採用試験を控えている。私には大学院入試がある。こうして静かにゆっくりと過ごす時間はきっと減ってしまう。こういう時間を大切にしたい。ただ愛する人の隣にいるだけで幸せだと感じられる時間がいつまでも続くように願いながら、流星群を眺めていた。
「――そろそろ帰ろうか」
「……うん」
しばらく静かに星を眺めて帰路に着く。晴琉ちゃんが車を出発させる直前に、服の裾を引っ張った。
「ん?……な、何して……」
「今日のお礼」
「……外なのに」
一瞬だけ、触れるだけのキスをした。夜の暗さでも分かるくらい晴琉ちゃんの顔は赤くて。未だに不意打ちに弱い晴琉ちゃんのことを愛おしく思う。
「寧音」
「ん?」
「……帰り……ホテル行きたい……」
返事の代わりに、握られた手をしっかりと握り返した。晴琉ちゃんは笑顔になって、そうして車は出発した。
私たちの夜はまだまだ長く、終わりそうにない。
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