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春(円歌編)
バイトのシフトを減らしつつインターンにも参加するようになり、大学の授業もサークル活動も含め、一番時間を自由に使えると思っていた大学生活も何だかんだ引き続き忙しい日々を過ごしていた。
そんな中でも何か楽しみを増やしたくて、でも趣味のお菓子作りで使う道具は全て実家にあるから作ることも減っていた。写真を撮るのもサークルの活動だと何だか趣味というよりも義務のようになってしまっていた。最初は興味がなかったコンテストに「どうせ撮るなら出してみたら?」というまともな先輩のアドバイスを聞いてから、義務感が余計に高まってしまったのだった。
「葵って趣味あったっけ?」
「趣味……趣味?」
パソコンで何やらどこかの定点カメラの配信を見ながら大学の課題を進めていた葵は手を止め、私が聞いたことを復唱しているけれど、何も思いつかないようだ。
「パソコン?」
「それって趣味っていうの?スマホを趣味っていう人くらいおかしくない?」
「……確かに」
真面目な葵は私のひょんな質問に、首をかしげて考え込んでしまった。葵は大学に入学するまではずっとバスケを頑張っていたから、もはや趣味がバスケみたいなところがあった。水槽で泳ぐ魚を静かに眺めるのが好きだから、水族館に行くのは好きだけれど、だからと言って趣味といえるほど通っている訳でもない。晴琉に誘われてアクティビティに連れられることもあるけれど、あれはどちらかというと晴琉の趣味だ。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
葵は立ち上がりカバンを漁りだした。すぐに見つかったお目当ての物は、何かのチケットのようだった。
「遼ちゃんにね、ライブ誘われたんだよ」
「へぇ」
遼ちゃんは大学でできた葵の新しい友人だ。私たちと同じ大学の軽音サークルでバンドを組んでベースをしている女の子。前に紹介してもらったことがあるから私も顔見知りではある。人当たりが良くて個性的で面白い子だなという印象があった。
「良かったねぇ」
「うん!」
人見知りの葵は大学の友人がようやくできたことをすごく喜んでいた。しかも出会いは偶然好きなバンドがライブをしていた会場でのことだった。私は葵と音楽の趣味が違うから、それを分かっている葵は無理に誘うこともなく、かといって誰かを誘うのも苦手だから勇気を出して一人で行ったところで出会ったのだった。初めて一人でライブに行って緊張しているところを同じ学部で見たことがあったからと遼ちゃんに話しかけられて、葵はそれはそれは救われたことだろう。
「グッズもかわいいんだよ」
葵は私のくつろぐソファに並ぶように座り、スマホの画面に映るグッズの一覧を見せてくれた。どうやらバンドメンバーに芸術大学出身の人がいるらしく、グッズの凝り方がすごいらしい。
「どれ買うの?」
「えっと……ライブTシャツは買うとして……後はまぁ、貯金と相談しつつかなぁ」
「へぇ……遼ちゃんとお揃いなんだ?」
「え゛」
もたれかかっていた葵の肩がビクッと動いた振動が私の頭へと伝わる。付き合う前からあれほど私とのお揃いにこだわってたくせに。私の言わんことが伝わったのか、葵が挙動不審になる。
「え、いや、その……だってさ!ライブなら結構な人が同じTシャツ着てるし⁉不可抗力でしょ!」
「それもそうだね」
わざと不貞腐れるように言った私の意地悪な質問にも真面目に答えてくれる葵が好きだ。納得したような返事をするとホッと胸をなで下ろす葵が愛おしい。
「ねぇ葵、何か共通の趣味探さない?」
「いいけど……何が良いかなぁ」
手を繋ぐと触れるペアリングの存在に幸せを噛み締めながら、“お揃いの”趣味を増やす為に考えを巡らせる。ソファから見える場所に置かれたコルクボードには思い出の写真の数々とかつて葵に買ってもらったお揃いのキーホルダーが飾られていて。目の間のローテーブルにはお揃いのカップがあって。目に見えない二人だけの、“お揃いの”思い出もたくさん作ってきた。でも、それでもまだ足りそうにない。まだまだ増やしていきたい。
「結構葵たち趣味違うから難しくない?」
「うん。でもすぐに見つからなくてもいいでしょ?」
「え?なんで?」
共通の趣味を探したいと言ったのは、色々なことを葵と体験していきたい口実でしかないから。だから簡単に見つからなくても良い。それに私たちの違いを見つけていくのもきっと、葵となら楽しいから。
「だって、私たちの時間はまだまだ長くて……ずっと続いて行くから……そうでしょ?」
「……うん」
ちゃんと私は目を見て言ったのに、葵は目を逸らしてしまった。最初にプロポーズのようなことを、永遠を誓うような真似事をしてくれたのは葵なのに。こうして私がこれからの、未来の話をするとすぐに照れてしまうみたい。
さてさて、この可愛らしい恋人とともに、まずは何から試してみようかな。
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