夫はマウンテンパーカーを欲しがる

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「来年の初詣は、金運アップの神社に行こうか」  普段土日休みの夫が、振替休日で珍しく平日の昼間に家にいた。  だいぶ髪が薄くなっている夫が、ソファーに寝そべりながらボソッと言う。  毎年初詣なんか行こうとしなかったのに、いきなりどうしたのか。 「何、そんなにお金が欲しいの?」  冷ややかな声で、どういう意図でその提案をしてきたか聞いた。 「ああ、マウンテンパーカーが欲しいんだ」  新婚の時に比べて広くなった額をポリポリ掻きながら、恥ずかしそうに答える。  カジュアルなパーカーなんて着るような人じゃないのに、どうして急に言い出したのか。  長いこと一緒に居るけど、パーカーが欲しいなんて一度も聞いたことがない。  私たちも、もう五十歳だ。  ――いや、そんなことどうでもいい。  今は、ただただ、夫に腹が立っている。 「あなたって、そういうところがあるよね」  そう言い残して、買い物に出かけようとした。 「何だよ、よくわからないな」  夫は困ったように笑い、「あ、缶ビールよろしくね」と図々しく付け足した。  私は「お金がないなら、せいぜい発泡酒ね」と、意地悪く言う。  漂う険悪なムード。その空気を作ったのは私の方だ。  必要以上に扉を強く開け、外に出た。  スーパーまで自転車に乗りながら、夫ののほほんとしたお気楽な表情を思い出してまたムカついた。  私がイライラしている理由……それは、今日が結婚二十周年記念の日だからだ。     結婚二十周年のことを触れるより、唐突に初詣の話をしてきたことが許せなかった。  しかもお金が欲しい理由が、好きなマウンテンパーカーを買いたいからって……無神経過ぎる。  まずは「おはよう」の言葉と共に、「今日は結婚記念日だね」の一言くらいあったっていいだろう。  考えてみれば、夫はいつも自分中心で考えている男だ。  結婚してから特にそう思えるようになった。  子供のこともそうだ。  私の願望としては、子供が欲しかった。でも、夫は子供を望まず……結局私の意見は蔑ろにされ、子供は作らないという選択肢を取った。  夫は、いつも自分のことばかりを考える。 「あの人と結婚したの、間違いだったのかな」  ぶつくさと文句を口にしながら、自転車を漕いでいた。  人通りの少ない商店街を、風を切るように進んでいく。  使い古したママチャリは、ペダルを漕ぐ度に錆びついた音が響くような自転車だ。  商店街を抜けた先に、大型スーパーがある。
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