10. 明日こそは(ミカエル視点)

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10. 明日こそは(ミカエル視点)

 エイラに会えない間、毎日心配でたまらなかった。  それほど具合が悪いのか、いやもしかすると体調不良はただの口実で、本当は俺に嫌気が差して避けているだけなのでは……。  いずれにせよ喜ばしくはない状況で、日に日に神経がすり減っていくようだった。  だから、ひと月が経って、やっとエイラと会えることになったときは、心の底から安堵した。  そして、一つの決意を固めていた。  エイラにヒルダのことを打ち明けよう。  はじめにエイラにヒルダとの付き合いを控えるよう言ったときは、動揺が激しかったせいで理由を説明できていなかった。  だからエイラも俺の言うことを聞く気にならなかったのかもしれない。  でも、改めてきちんと説明すれば、今度は耳を傾けてくれるのではないか。  すぐに付き合いをやめるまではいかなくても、多少はヒルダを警戒してくれるようになるのではないか。  そう思って、エイラに話すことを決めた。  そして久々の再会の日。俺はまた緊張にやられていた。  エイラの体調は無事に回復しているだろうか、エイラに嫌われてしまっていないだろうか、どういう風に話を切り出せばいいのだろうか、エイラが友人だと思っているヒルダを悪く言うことでかえって反感を買うことにはならないだろうか。  心配事が多すぎて気が重い。  だが、エイラには早く会いたいし、ヒルダのことも話しておくべきだ。  俺はなんとか自分を奮い立たせてエイラを訪ねた。  久々に会うエイラは少しやつれていて、顔色もまだあまり良くなかった。  やはり今日は見舞うだけにして、ゆっくり話すのはまた今度にしたほうがいいかもしれない。  そう思ったとき、メイドがお茶を出しにやって来た。  つまり、エイラも俺と話をするつもりでいてくれたということだ。  俺はほっと安堵する。  メイドは新人なのかひどく緊張した様子で、ティーポットを落として割るという失態を犯していたが、優しいエイラはメイドを叱ることはなかった。  それどころかメイドの怪我を心配する言葉までかけていた。  咄嗟の態度にその人の本質が出るという。  まずメイドを心配したエイラは、本当に心根が綺麗な人なのだろう。  エイラの姿に感動した俺は、掃除用具を取りに出ていったメイドに代わり、お茶の準備をすることにした。  ただ椅子に座ったままお茶が出てくるのを待つ男ではいたくなかったし、俺がやらなければエイラがお茶出しをやりかねないと思った。  病み上がりの彼女にそんなことはさせられない。  それに淹れたてのお茶を飲めば、身体も温まって彼女もリラックスできるのではないかと思った。  だが、エイラは俺の差し出したお茶に手をつけようとはしなかった。  淹れたのはメイドだから、味は問題ないはずだ。  まさか俺が運んだから飲みたくないのか……?  いや、病み上がりに熱すぎる飲み物は良くないのかもしれない。  俺はとりあえず心の中でそう言い訳し、訪問のもう一つの目的であるヒルダの話をすることにした。  はじめに「今日は話がある」と宣言はしたものの、切り出すにはやはり勇気がいる。  意気地なしと言われてしまうかもしれないが、俺はさりげなく遠回しに聞いてみることにした。 「……エイラ嬢は、長年の望みに要らぬ邪魔が入ってきたとしたら、どんな気持ちになるだろうか?」  言った後で、いくらなんでも婉曲すぎただろうかと不安になっていると、エイラは俺を真っ直ぐに見つめて答えた。邪魔がなくなればいいと思うだろう、と。  よかった……。心の綺麗なエイラのことだから、何事も運命として受け入れるなどと言われてしまったら、ヒルダの話をしづらくなってしまっていたところだった。  安堵の笑みがこぼれる。  しかし逆にエイラの顔色が悪くなっていることに、ふと気がついた。  彼女は先ほどからずっと紅茶を口にしていない。  俺は紅茶を飲むよう、もう一度勧めてみた。  エイラの唇が乾いているように見えたし、相変わらず顔色がよくなかったから、少しでも体を温めたほうがいい。そう思ったからだ。  ……なのに、彼女から思いがけない言葉が飛び出してきて、俺は絶句した。 『ミカエル様が毒見してくだされば、私も頂きますわ』  毒見?  今、エイラは「毒見」と言ったのか?  なぜエイラはそんなことを……と考えて、俺はハッとした。  まさか、ヒルダはエイラの療養中に手を出したのか?  ヒルダならやりかねない。  だから、エイラはこんなに憔悴して、「毒見してほしい」などと不安定なことを言い出したのではないだろうか。  そういえば、先ほどのメイドの様子も動揺しすぎていておかしかった。  俺が運んだのが気に入らなかったのではなく、きっと毒殺を警戒して飲まなかったのだろう。  エイラは、自分の命を狙っているのがヒルダだとは知らないかもしれない。  疑心暗鬼になっていて、もしかすると俺のことも疑っているのかもしれない。  なら、ここで俺が取るべき行動は一つしかない。  俺はエイラからティーカップを受け取り、ひとくち喉へと流し込んだ。  瞬間、喉に焼けるような痛みを感じる。やはり紅茶には毒が盛られていたのだ。  少量しか飲んでいないはずなのにこの効き目とは、相当な殺意が感じられる。  だが、俺は安心した。  これをエイラが飲まずに済んだのだから。  もしエイラがこの毒を飲み、考えたくもないが死んでしまっていたとしたら、俺はヒルダを殺し、エイラの後を追っていただろう。  しかし、そんな最悪の事態は防ぐことができた。  エイラの無事な姿に、思わず「よかった」と声が漏れた。  その後はヒルダを追い込むべく、毒を飲んだという状況を存分に活用させてもらった。  エイラには怖い思いや痛い思いをさせてしまって本当に申し訳なかったが、ヒルダを自白させるために、他に有効な手段が思いつかなかった。  ただ問い詰めるだけでは、上手くかわされてしまっていたことだろう。  しかし、今回はエイラとヒルダが相対していた陰で両家の親、そして俺の両親も様子をうかがっていた。  だから、ヒルダが言い逃れることは絶対にできない。  ……そして、必然的に俺とエイラの会話も聞かれるわけなので、名残惜しかったが早めに会話を切り上げることにした。  本当はもっと思いの丈を語りたかったが、さすがに親の聞いている前で愛の告白をするのは恥ずかしい。  あと、棺のある場所でというのもムードがなさすぎてよろしくない。  十年以上越しの想いを伝えるのだ。それに相応しい場所で、エイラの思い出にも残るような告白にしたい。 「よし、明日こそは……!」  俺は、明日のエイラとのデートに向けて期待と気合いを高めつつ、さっさとヒルダの件を片付けてしまおうと、陰に隠れている人々のもとへと向かったのだった。
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