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2時間。
野口達は景色のいい草原から約2時間かかって、頂上の入口に差し掛かっていた。
本来なら1時間で着く工程を、倍の時間がかかった原因は佐々木にあった。
珍しい花が有れば駆け寄り、地図上に小川が有ればコースを外れる佐々木に、振り回されていたからだ。
「やっと着いた」
時間のかかった元凶である佐々木自身の、心からの言葉だった。
野口は地面を見つめて無言のまま歩く。
2人共に前傾姿勢で、1歩1歩踏みしめる様な動きになっている。
頂上迄100m程の道のりは、草原に黄色い花が咲きほこる絶景だったが、2人は受け止める事が出来ていなかった。
頂上のに立って山々を見下ろす風景を目にした時にやっと2人の表情から、疲労の表情が消えた。
暫く無言の2人。
最初に言葉を発したのは野口だった。
「ずっと何かあると思ってたけど、僕の事、試してた?」
「どうだった?」
「ん?どう言う事?」
「人間疲弊すると、本音出ると思って登山が良いかなって」
「僕の本音?」
「私、自由みたいやし、男に媚びてるらしいし、気づいたら誰もおれへん」
野口は佐々木がいつも1人でいた事を思い出していた。
食堂でも、講義でも。
「いっちゃんは、最後までつきおうてくれたから、嬉しかった」
「……」
「うちの事、登ってみいへん」
「そこ、登山に例えんでええわ。解りづらい」
「そやかて、照れくさいわ」
ここ迄言われると野口は佐々木言わんとする事が解った。
野口は、ここまでの佐々木との工程を想像した。
「登山道入口で立ち往生やわ、ごめん」
「そっか、登山ネタで返さんでええのに……」
佐々木の表情はやや沈んだものになった。
「初対面なのに何で僕なん」
「いっちゃん、信号待ちしてるやろ、いっつも」
「信号?」
「大学行くまでに、たった3m程の道路有るやろ。誰も信号守らへん所」
「あるけど」
「車もほとんど通らへんから誰も信号守らへんのに、いっちゃんだけ1人ずっと赤信号待ってるやん。毎日」
「……」
「めっちゃカッコ良かった。誰にも流されへんカッコ良すぎ」
「言い過ぎやと思うけど……」
野口を見る佐々木の憧れに満ちた目は、野口を佐々木を登る登山道に踏み出させようとしていた。
「めっちゃ好きになった。いっちゃんしか見えへん」
押し込む佐々木。
「いやいや」
「登り切ったら、絶景が待ってるから」
野口は佐々木の言葉に思わず、今自分の周りに広がる絶景を見渡してしまった。
草原に咲きほこる黄色い花に、連なる山々、だだっ広い青空。
険しい先にある絶景。
心地いい風が野口の背中側から吹き抜ける。
「あっ」
「え?」
野口は登山道入口を踏み出してしまっていた。
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