新生活の始まり

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新生活の始まり

「次、山之辺(やまのべ)。――山之辺?」 「おい、山之辺、呼ばれてるぞ」 「えっ?」  右隣から腕を突かれて、何事かとそいつの顔を見る。 「こらっ! 返事しろ、山之辺奏風(かなた)っ!」 「あっ、わ、す、すいませんっ!」  スラリと長身の英語教師が、教壇の上で仁王立ちしている。驚いて立ち上がった拍子に、椅子が倒れた。教室のあちこちから失笑が漏れる。わぁ、恥ずかしい。 「入学早々、うわの空か? いつまでも中坊気分じゃ困るぞ!」 「……はい、すいませんっ」 「12ページの5行目から読んで。……全く」 「はいっ」  顔に熱が集まっていることが分かる。胸の動揺を抑えるために深呼吸して、指定された場所を音読する。約1ページの間に2ヶ所、発音を訂正された。 「よし。ちゃんと授業に集中しろよ、山之辺」 「はいっ」 「次、基村(もとむら)」 「はい」  倒れていた椅子を起こして着席する。ここ、K県立初雁(はつかり)商業高校・普通科に入学して2日目、新しい学校、新しい制服、新しいクラスメート、新しい名字……僕には、まだ慣れないことばかりだ。 「あの、さっきはありがとう」  休み時間、僕は隣の人にお礼を言った。結果的に間に合わなかったけれど、彼は僕が先生に指名されていたことを教えてくれたから。 「あー、災難だったね、(やま)ちゃん」 「へっ? 山ちゃん?」 「“やまのべかなた”くんって言うんだろ、君?」  突然付けられた愛称に戸惑う。これまでの人生で“山ちゃん”なんて呼ばれたのは初めてだ。 「俺、河之辺幹太(かわのべかんた)くん。中学の友達には“かんた”って呼ばれていたんだけど、聞き間違えそうじゃね? 俺達」  “やまのべ”と“かわのべ”、“かなた”と“かんた”――確かに、名字と名前のどっちで呼ばれても紛らわしい。 「えっと、じゃあ君のことは……“(かわ)ちゃん”?」 「そうそう。山ちゃん・河ちゃん。お笑いの芸名みたいだな!」  サラサラの黒髪を揺らしてニカッと笑う。明るい性格。仲良くなれそうだ。  これが、高校生になって初めて出来た友達だった。
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