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追いかけてきた人
その名前を見たのは、2年振りだった。
『特別指定強化選手、80名決まる。U-18代表の松平元監督を招聘して、N県S町で15日から1週間の強化合宿を行う。1、2年生を中心に選出。次世代の育成を図る』
野球専門誌の電子版に掲載されたローカルニュース。U-18と言えば、高校生の日本代表だ。いずれその候補となる選手たちが全国から集められ、 高いレベルで鍛えられるらしい。
兄ちゃんもあの事故がなければ、あるいはこの中に……。
そんなことを考えながら、選出選手一覧を辿る視線が一点で固まる。
『K県立初雁商業高校 1年 柾木将真(投手)』
「柾木さんだ……!」
眺めていたスマホを落としそうになって、慌てて掴み直す。
やっぱり、彼はまだ野球を続けていた! そればかりか、特別強化選手に選出されるくらい実力を発揮していたんだ。
どうしよう……彼の投げるところを見てみたい。
あの夏の熱気が甦ったみたいに、身体の奥が熱くなる。
ニュース記事の最後に『合宿最終日の21日13時から、N市内の県営球場で紅白戦の予定』とある。しかも一般公開するらしい。
21日は土曜日だ。夏休み中とはいえ、野球部の練習がある。丸一日考えて、僕は監督に頭を下げた。
「1年2組の山之辺奏風です。中学校でもマネージャーをしてました。よろしくお願いします!」
一礼して顔を上げると、およそ140個、70組の眼差しが僕に注がれる。30人足らずの中学までの野球部とは、規模が違う。流石、甲子園進出激戦区のK県にあって強豪校の一角を担っている初雁商野球部だ。
「山之辺」
「あっ、はいっ!」
新入部員の挨拶が終わると、他の部員より少し細身で面長の人が近づいてきた。
「俺は2年の浅野幸多。マネージャー経験者は大歓迎だ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
一礼すると、浅野さんはニカッと笑って、部室の奥を指さした。
「あそこで部長と話しているのが、3年の早瀬さん。マネージャーは3人だけだから、早く仕事覚えてくれよな」
「頑張ります!」
「ははっ。元気いーなぁー」
「僕っ、野球部のマネージャーになりたくて、この学校受験したんですっ」
「ええー、マジかよぉ」
笑いながら、浅野さんは僕の頭をクシャクシャと撫でた。
「こら、浅野。びっくりしてるだろ」
浅野さんの背後から一回り大きな人がヌッと現れる。
「京田先輩。コイツ、なんか可愛いじゃないっスかぁ」
あとから分かったことだけど、浅野さんは僕のことを実家で飼っている柴犬に似てるって思ったらしい。失礼しちゃうなっ。
「えぇと、君、山之辺くん?」
「は、はいっ」
浅野さんが『先輩』と呼ぶってことは、3年生だ。乱れた髪を直す手を止め、“気をつけ”をする。京田先輩は、僕をまじまじと見下ろしている。
「君さぁ……どこかで会ったことない?」
「えっ」
「センパーイ、それ古いナンパの定番っ、いてっ」
ニタニタ笑う浅野さんを、京田先輩が真顔で軽く小突く。
「おーい、信之介っ!」
すると、部室の入口近くから誰かに呼ばれて。京田先輩は振り返ると、片手を上げた。
「悪い、またな」
「はい……あ」
京田先輩が向かった先にいたのは、僕を野球に引き戻してくれた「僕のヒーロー」。あの日、監督に無理を言って観に行った、強化合宿の紅白戦。そのマウンドに立っていた姿より、身長が伸びてたくましくなっている――柾木将真、先輩。
「なに、どうした? わっ、山之辺、お前、顔真っ赤……」
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