蔑む目、救いの手

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蔑む目、救いの手

とりあえず、全員の自己紹介が済んだところで、五十嵐さんがノリノリで乾杯の音頭を取る。  それが私たちにとっては軽い雑談、五十嵐さんにとってはの合図だった。 「月城さんってぇ、ピアノ弾いているんですよねぇ?どんな歌弾いてるんですかぁ?」 「あぁ……クラッシックが多いかな。ドビュッシーとか、ベートーヴェンとか」 「えぇ、すごぉ~い!一回聞いてみたいなぁ♡」  五十嵐さんは月城さんに対して、猫なで声で猛アタックをしている。月城さん以外は眼中に無い、といった感じだ。  私はといえば、一ノ瀬さん、天野さんと八神さんで、他愛もない世間話をしている。  まあ、私と一ノ瀬さんは、五十嵐さんの引き立て役のためだけに呼ばれている。余計なことをしなければ、こちらに被害が及ぶことはないだろう。 (このまま、何も無く終わってくれたらいいんだけど……)  __そんな私の淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。 「あ、夢咲さん、なにか落としたよ」 「え?」  少し汗を拭こうと、何気なくポーチからハンカチを取り出した時、一ノ瀬さんにそう言われて視線を下に落とす。  その時私の顔から、サーッと血の気を引くのが感じた。  (まずいまずいまずい!!)  私は落としたを、急いでポーチにねじ込もうとした。  ……だが、もう遅かった。 「えー!?ちょっとちょっと何コレ!」  気づいた五十嵐さんが、私の手のひらからをひったくり、他のメンバーに見せびらかしたのだ。 「……何それ?ぬいぐるみ?」  月城さんが(いぶか)しげな顔をしていると、天野さんがポンッ、と手を叩く。 「あ!それってもしかして、ペガサスファンタジーのザード!?」  ……そう、それは、ザードのぬいぐるみマスコットだった。しかも、売り物ではない。私が趣味で手作りしたものだ。  お守り代わりにいつもポーチに入れて持ち歩いているのを、すっかり忘れていた……! 「うわ~、夢咲さんぬいぐるみとか持ち歩いてんの?子供っぽーい!しかもこれさぁ、夢咲さんが小学生の時に落書きしてたやつでしょ~?まだ好きとかやばくない?」  あははっ、と笑い声をあげる五十嵐さん。彼女の罵倒はマシンガンのごとく止まらない。 「これってさぁ、たしか悪役なんだっけ?そんなやつのぬいぐるみ大事にしてるなんて、性格ひん曲がってる証拠よね~。みんなもさぁ、この子に関わんない方がいいよ~?みんなも性格悪いやつになっちゃうからさぁ~」 (……あぁ、やっぱりこの人……小学生の頃から、ちっとも変わってないんだ)  人前で他人を馬鹿にして、笑いとばす……。そんな五十嵐さんの、他人の自尊心を傷つけるところは何一つ変わっていなかった。  ……そして、何を言われても何も言い返せずに小さく縮こまっている私も……小学生の頃から、何も変わっていない。  本当は、『私の大好きな物をバカにしないで』って叫びたいのに。  大好きな物を馬鹿にされて、怒りと悲しみで胸が押しつぶされそうなのに。  言い返されるのが怖くて、何一つ言葉にできない……。それが悔しくてたまらなかった。  __だが、次の瞬間にどこからか飛び出した言葉が、五十嵐さんの余裕を崩した。 「えっ、だから五十嵐さん、そんなに性格悪いの?」 「……は?」  五十嵐さんの顔からすーっと、笑顔が消える。  五十嵐さんに物申したのは、なんと八神さんだった。  思わぬ発言に、五十嵐さんは眉をひそめていたが、八神さんは彼女を怒らせた事に気がついていないらしく、キョトンとした様子で首を傾げている。 「え?だってさ、夢咲さんと一緒にいると、性格悪くなっちゃうんでしょ?五十嵐さんと夢咲さんって、小学生の頃からの仲っぽいし……」 「あ、あんた何言って……」 「え?もしかして……気づいてないの?今の五十嵐さん……ものすごく性格悪いよ?」 「はぁ!?」  顔を真っ赤にしながら怒る五十嵐さん。  そのままテーブル越しに八神さんに掴みかかろうとしたが、八神さんはそれをヒラリとかわしつつ、五十嵐さんの手から私のぬいぐるみマスコットをひょい、と取った。  そしてそれをそのまま、私の手のひらにぽん、と乗せたのだ。 「はい、夢咲さん♪」 「あ、ありがとう……」 「夢咲さんってペガサスファンタジー好きなの?」 「え、あ、うん……」 「わ~!!オレ、ペガサスファンタジー好きな女の子、初めて見た!ザードもいいけど、魔鴉(まがらす)のギトウも、オレ好きなんだよね~!」 「あ、わかります……!こそずるいけど、憎めない悪役って感じで……」  同調する私に、八神さんは嬉しそうにうんうんと頷いている。すると、八神さんは私のマスコットぬいぐるみを指さして問いかけた。 「それ、もしかして手作り?」 「え……なんでわかったんですか!?」 「あはは、やっぱり!ペガサスファンタジーって、ぬいぐるみは主人公メンバーしか出てなかったはずだから……」 「え、えと……これ、私の手作りなんです……自慢じゃないんですけど、私、フリーのハンドメイド作家をしていまして……時間が空いてる時にも、ペガサスファンタジーのキャラクターのマスコットをいろいろ作ってるんです」 「ハンドメイド作家!?すごい!!」  私の言葉を聞いて、八神さんはますます顔を輝かせ、身を乗り出してきた。 「オレ、注文しちゃおうかなー!ねえねえ、どんなぬいぐるみ作ってるか、写真ある?」 「は、はい……」  スマホに表示したマスコットぬいぐるみの写真を見せると、八神さんは『わぁっ!』という感性をあげ、ますますはしゃいでいた。  そんな彼の無邪気な様子に釣られて、私も思わず笑みをこぼしてしまう……が。  そんな私たちの様子がおもしろくないのか、突然、五十嵐さんが声を上げたのだ。 「はんっ、なんなのよ、意味わかんない!たかがぬいぐるみにバカみたいにはしゃいじゃってさ!お子様はお子様同士お似合いってわけ__」 「先にぬいぐるみ一つで騒ぎ立てたのはそっちだろ」  激高し始める五十嵐さんの声を遮り、月城さんは冷静な声でそう言った。  一ノ瀬さんもそれに続く。 「五十嵐さん……中学生の頃から変わってないよね。好みの男子には媚び売るくせに、裏では気に入らないやつの陰口を叩いてさ」 「…ッ!!ちょっ、あんた……!!」 「しかも、さっきの様子見ると……小学生の時からあんな風に、夢咲さんのことバカにしてたんじゃないの?大人になってもそういうこと続けるなんて……あなたの方がよっぽどやばいよ」 「ッ……な、なによ!!私が悪いみたいな言い方して!!元はと言えばこの女が__」 「__いい加減にしろ。そういう人の価値観を押し付けんのが問題だって、まだわからないか?」  月城さんの冷たい声と視線が、五十嵐さんを追い詰める。一ノ瀬さんも氷のような冷ややかな目で、五十嵐さんを睨みつけ続けてている。 「……ッ!!な、何よ!!もういいわよ!!帰る!!」  完全に立場が悪くなったと察した五十嵐さんは、テーブルにバンッ、とお金を叩きつけ、その場から逃げるように去っていった。 「…………」  それからしばらく、その場には気まずい空気が流れていたのだが……。 「あのー……場所を変えて仕切り直しません?合コンじゃなくて、食事会って感じで……」  ……という、天野さんの声掛けをきっかけに、私たちは近くのファミレスへと移動したのだった。
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