自分の好きな物と

1/1
前へ
/5ページ
次へ

自分の好きな物と

 そして数日後……。ハンドメイド作家の仕事が一段落した後、私は八神さんに電話をかけた。少し話したいことがあったからだ。 『はーい!もしもし!』 「……あ、八神さん、お久しぶり」 『うんうん、久しぶりー!……というか、じゃなくて、でいいよ!オレ、あんまり堅苦しいの好きじゃないから……オレもじゃなくて、って呼びたいな!』 「わ、わかった……じゃあその、蓮斗くん。改めて……あの時はありがとう」 『うん?』  スマホ越しから、蓮斗くんの心底不思議そうな声が聞こえてくる。 「五十嵐さんから守ってくれたり、ぬいぐるみを取り返してくれたこと……それ以上に、を否定しないで、受け入れてくるたことが、嬉しかったんだ……」 『……どういうこと?』 「私、小学校の時はクラスで浮いていて……他の女子は魔法少女アニメとか、イケメン俳優が好きなのに、私だけ少年マンガものが好きだったから……五十嵐さんたちに、すごいバカにされてたんだ」 『おうちの人とか、先生に助けを求めたりしなかったの?』 「したよ。でも……結果は同じ。それどころか、先生もパパもママも、“もっと女の子らしくしなさい”、だって」  ランドセルは黒よりピンクを選びなさい、外で遊ぶよりも本を読みなさい……幼い頃から、そんな風に両親から言われていたことを思い出した。  とかとか、小学生だった私にはちっともわからなかった。  だから余計に、両親の発言を理不尽に感じていた。 「ハンドメイド作家だって、最初は両親にものすごく反対されたんだよね。“そんなことしてる暇があったら、女に磨きをかけて結婚相手でも探しなさい”って……」 『……ひどいね、五十嵐さんたちも、ご両親も……』  そう言う蓮斗くんの声は、いつも明るいからは考えられないほどの暗い声だった。 「うん、でも……五十嵐さんたちや両親よりも、一番許せないのが私自身だった」 『……え?』 「ペガサスファンタジーもハンドメイド作家の夢も、どっちも私の心を支えてくれた、大事なもの……。それなのに私は、五十嵐さんたちにペガサスファンタジーを馬鹿にされた時も、ビクビク怯えてるだけだったし、両親に夢を否定された時も、説得を諦めて家出同然に逃げてさ……」  自分でも声が震えているのがわかる。蓮斗くんは、何も言わずに私の話の続きを待っている。 「私の好きな物は、私の心を守ってくれた。でも私は、自分の好きな物を守れない……。好きな物を裏切ってるみたいで、ずっとずっと惨めに感じてた。好きでいる資格、ないんじゃないかって、自分を責めたこともあった。でも__」  泣きそうなのを堪え、私は無理やり笑顔を作った。 「__蓮斗くんが初めて、を受け入れてくれたから、ちょっとだけ、自信が出てきたんだ。こんな私でも、好きでいていいんだって……」 「……心花ちゃん」 「……重いかもしれないけど、本当に救われたんだ。だから……ありがとう、蓮斗くん」  ………。  沈黙が流れる。  私も蓮斗くんも喋らない、静かな時間が流れる。 (ど、どうしよう……!!やっぱり迷惑だったのかな……!?)  先程までの自信が、空気の抜けた風船のようにしぼんでしまう。  が、そんな中__。 『心花ちゃんはかっこいいよ』  そんな言葉が、耳に飛び込んできた。 「……え?」 『だってさ、小学生の時に五十嵐さんにバカにされても、家族に否定されても、自分の好きなことややりたいこと、やめなかったんでしょ?それって、誰にだってできることじゃないよ』 「そう……なのかな」 『そうだよ。中にはバカにされるのが嫌で、好きな物を手放しちゃったり、夢を諦めちゃった人もいるんだよ?でも、心花ちゃんはそうしなかった。好きな物をずっと好きでいて、叶えたかった夢も叶えた。それって、心が強い証拠だと思うよ!』 「……でも、私、ずっと逃げてばかりで……親とももう、ずっと連絡が取れないままなんだよ……?」  不安を声に表す私に、蓮斗くんは優しく語りかける。 『……逃げることは負けじゃないよ。ただちょっと、心花ちゃんには時間が必要だっただけ』 「……!」 『大丈夫。きっといつか、両親と向き合えられるよ。だって心花ちゃんは……自分が思っているよりも、強くてかっこいい人だから』  目の前に、あの蓮斗くんの無邪気な笑顔が見えているようだ。   根拠とかは何もない、綺麗事ばかりの言葉だと思わないわけではなかった。  でも、それ以上に__。 「……うん、ありがとう、蓮斗くん」  彼の純粋さに、私は勇気づけられていた。 (……明日からはもう少し、胸を張って歩いていこう)  本当の意味で自分の好きな物……そして、自分自身とも、向き合えるように__。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加