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自分の好きな物と
そして数日後……。ハンドメイド作家の仕事が一段落した後、私は八神さんに電話をかけた。少し話したいことがあったからだ。
『はーい!もしもし!』
「……あ、八神さん、お久しぶり」
『うんうん、久しぶりー!……というか、八神さんじゃなくて、蓮斗でいいよ!オレ、あんまり堅苦しいの好きじゃないから……オレも夢咲さんじゃなくて、心花ちゃんって呼びたいな!』
「わ、わかった……じゃあその、蓮斗くん。改めて……あの時はありがとう」
『うん?』
スマホ越しから、蓮斗くんの心底不思議そうな声が聞こえてくる。
「五十嵐さんから守ってくれたり、ぬいぐるみを取り返してくれたこと……それ以上に、私を否定しないで、受け入れてくるたことが、嬉しかったんだ……」
『……どういうこと?』
「私、小学校の時はクラスで浮いていて……他の女子は魔法少女アニメとか、イケメン俳優が好きなのに、私だけ少年マンガものが好きだったから……五十嵐さんたちに、すごいバカにされてたんだ」
『おうちの人とか、先生に助けを求めたりしなかったの?』
「したよ。でも……結果は同じ。それどころか、先生もパパもママも、“もっと女の子らしくしなさい”、だって」
ランドセルは黒よりピンクを選びなさい、外で遊ぶよりも本を読みなさい……幼い頃から、そんな風に両親から言われていたことを思い出した。
女の子らしいとか男の子らしいとか、小学生だった私にはちっともわからなかった。
だから余計に、両親の発言を理不尽に感じていた。
「ハンドメイド作家だって、最初は両親にものすごく反対されたんだよね。“そんなことしてる暇があったら、女に磨きをかけて結婚相手でも探しなさい”って……」
『……ひどいね、五十嵐さんたちも、ご両親も……』
そう言う蓮斗くんの声は、いつも明るいからは考えられないほどの暗い声だった。
「うん、でも……五十嵐さんたちや両親よりも、一番許せないのが私自身だった」
『……え?』
「ペガサスファンタジーもハンドメイド作家の夢も、どっちも私の心を支えてくれた、大事なもの……。それなのに私は、五十嵐さんたちにペガサスファンタジーを馬鹿にされた時も、ビクビク怯えてるだけだったし、両親に夢を否定された時も、説得を諦めて家出同然に逃げてさ……」
自分でも声が震えているのがわかる。蓮斗くんは、何も言わずに私の話の続きを待っている。
「私の好きな物は、私の心を守ってくれた。でも私は、自分の好きな物を守れない……。好きな物を裏切ってるみたいで、ずっとずっと惨めに感じてた。好きでいる資格、ないんじゃないかって、自分を責めたこともあった。でも__」
泣きそうなのを堪え、私は無理やり笑顔を作った。
「__蓮斗くんが初めて、好きな物が好きな私を受け入れてくれたから、ちょっとだけ、自信が出てきたんだ。こんな私でも、好きでいていいんだって……」
「……心花ちゃん」
「……重いかもしれないけど、本当に救われたんだ。だから……ありがとう、蓮斗くん」
………。
沈黙が流れる。
私も蓮斗くんも喋らない、静かな時間が流れる。
(ど、どうしよう……!!やっぱり迷惑だったのかな……!?)
先程までの自信が、空気の抜けた風船のようにしぼんでしまう。
が、そんな中__。
『心花ちゃんはかっこいいよ』
そんな言葉が、耳に飛び込んできた。
「……え?」
『だってさ、小学生の時に五十嵐さんにバカにされても、家族に否定されても、自分の好きなことややりたいこと、やめなかったんでしょ?それって、誰にだってできることじゃないよ』
「そう……なのかな」
『そうだよ。中にはバカにされるのが嫌で、好きな物を手放しちゃったり、夢を諦めちゃった人もいるんだよ?でも、心花ちゃんはそうしなかった。好きな物をずっと好きでいて、叶えたかった夢も叶えた。それって、心が強い証拠だと思うよ!』
「……でも、私、ずっと逃げてばかりで……親とももう、ずっと連絡が取れないままなんだよ……?」
不安を声に表す私に、蓮斗くんは優しく語りかける。
『……逃げることは負けじゃないよ。ただちょっと、心花ちゃんには時間が必要だっただけ』
「……!」
『大丈夫。きっといつか、両親と向き合えられるよ。だって心花ちゃんは……自分が思っているよりも、強くてかっこいい人だから』
目の前に、あの蓮斗くんの無邪気な笑顔が見えているようだ。
根拠とかは何もない、綺麗事ばかりの言葉だと思わないわけではなかった。
でも、それ以上に__。
「……うん、ありがとう、蓮斗くん」
彼の純粋さに、私は勇気づけられていた。
(……明日からはもう少し、胸を張って歩いていこう)
本当の意味で自分の好きな物……そして、自分自身とも、向き合えるように__。
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