船の中

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船の中

オオミ  ――心臓回収人って。 色々聞きたいことがあるけど恐ろしくて聞けない。 入社以来何度も助けられてきたけれど、今初めて僕がアオチさんを守らなくては、と思っている。  いつもはつらつとしたアオチさんの顔から血の気が引いていて痛々しい。それなのに、目だけはしっとり濡れて光り、回収人に魅せられていることは明らかだ。 付き合いの短いオゼさんには頼れない。それにこの人、回収人が現れた時から酷く好戦的な表情をしている。危険な人なんだ。  心臓回収人が踊り場の横の、やたらに重そうなドアを開いた。防火扉みたいなそれを、トイレのドア並みに軽く引き「指を挟むなよ、開けたらきちんと閉めろ」と子どもに諭すように口にした。  その後も船内を結構なスピードで進みながら、独りごとのような調子で注意事項を呟いていく。その度に確認するようにこっちを見るので、仕方なく頷いて応えた。頑張っても声が上手く出て来ない。 「この階は共有スペースだから好きに使ってくれ。まず、食堂に案内する。朝食は準備してやれなかったけれど、パンなんかが入っているから、後で勝手に棚から取って食べてくれ。俺は出港の準備で手が離せないから、悪いがやれることは自分たちでやってもらう」  今はパンなんてどうでも良い。アオチさんの腕を掴み直した。 オゼさんはいつも通りの飄々とした顔に戻っていたが、その目はやはり鋭かった。 「ここが医務室。眼鏡のお前、既に相当具合が悪そうだ。明日の朝には向こうに着くとはいえ、途中でどうかなっても医者も乗ってないんだ。降りるなら今のうちにしてくれ」 「降りません。アオチさんとあなたを二人になんて出来ません」  相変わらず何の反応もないアオチさんが本当に心配だ。心臓回収人に既に心臓を取られてしまったのではないだろうか。 「俺もいるけどな」  オゼさんが落ち着いた口調で存在をアピールする。僕はまだあなたを信用していないんです、そう言いかけて呑み込む。 「仲が良さそうだな」  回収人が皮肉を言うのが癪に障る。 「それで、一旦荷物を置かせてもらいたいんですが」 「お前たちの部屋はこの上の階だ」  そう言ってそいつはまた別の重い扉を開いた。そこには乗船した時の危うげな階段ではなく、しっかりした階段があって胸をなでおろす。  回収人の不気味さに気を取られていたけれど、この船はかなり美しい。外観からは想像できない、古い洋館のような造りだ。食堂にあった艶のある木のテーブルや、娯楽室の革張りのソファも北欧の映画で観たような上品な色気がある。  その階段を登り切ると、五つの扉があった。 「ここがゲスト用の個室だ」 「僕はこの部屋を使わせてもらいます」  僕にしては大きな声でそう宣言して、一番手前にあったドアを開き、荷物を放り投げた。  そのままアオチさんの腕を引っ張り、乱暴に自分の部屋に押し込める。 「――おい」  オゼさんの声を遮ってドアを閉めると、僕はアオチさんと向かいあった。
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