黒い天の川1

1/1
前へ
/17ページ
次へ

黒い天の川1

アオチ  俺の後輩は病気だ。今、目の前で不安気に目を泳がせている青白い顔を見て改めて思う。  前から情緒不安定だとは思っていたけれど、幻覚まで見るようになったようだ。眠れていないようだし、疲れているんだ。  これから、オゼと三人で故郷に帰る。道中、少しでも休めるといいんだが。とにかく気を付けて話をしないと、もともと繊細なこいつの神経を逆なでしそうだ。 「俺があの鳥を初めて見たのも、お前と同じ夜だよ。俺はまだ会社にいたけど—―。  あの日もオフィスを出るのが最後になってしまった。少し前に喫煙スペースから出てきたタバコ臭い二人が「鳥が――」と話していたが、これから食べに行く店の相談くらいに思っていた。  普段ビルを出た瞬間、空を眺める、何てことはしない。  夜空はもちろん昼の空さえいつ見上げたか思い出せない。  その日はビルの前で立ち止まっている複数の人の視線に誘われて上を見たんだ。 「真っ黒だ……」  無意識に声に出していた。夜空に黒い川が流れているような風景が広がっている。  目を凝らすと、それが鳥の群れだとわかった。  冷たい空気を吸い込む。不思議なことに、感じたのは癒しだった。都会の明るい空に惑わされない本当の空を見た気がした。  優しい気持ちで電車に乗った。地下鉄から鳥が見えないのが残念で仕方なかった。  最寄り駅に着くと走って階段を上がり、地上に出た。  ――良かった、まだ鳥が飛んでいる。  わざとゆっくり歩く。月がきれいだ。そして、月の下を悠々と渡る鳥がきれいだ。水の流れのような動きをするんだな、と感心する。ここから見ると一つの巨大な生き物――例えば蛇とか竜のように見えるけれど、一羽一羽はどんな顔をしているんだろう。  もっと、下に降りてきてくれないだろうか。朝、起きてベランダにとまっていてくれたりしたら、良い一日になりそうだ。  あの日はカーテンを全開にして、部屋を真っ暗にし、長い長い鳥の川が去るまで、見守った。その後の数時間は、子どもの時以来、無心で眠った。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加