海に燃える人

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海に燃える人

オオミ  僕の周りは変人ばかりだ。  鳥に癒される人、鳥を掴まえようとする人、どちらも理解不能だ。  あの後、三分もしないでオゼさんがブースから出てきた。 昨日オゼさんから「船に乗る前に整理しておきたい仕事があるんだ」というメッセージが僕とアオチさんに届き、今朝の待ち合わせ場所がオフィスになった。  僕たちの職場があるオフィスは港に面していて、いずれにしろ、出港時間を待つのには最適な場所にある。波止場まで徒歩で十分程度の距離だ。  ビルの外に出ると、あからさまな冬の風が挨拶のように一度吹いた。会話もなく三人で歩き出す。  鳥はいない。いなさ過ぎる。普段鳴いている海鳥の姿さえない。あの群れを成す鳥に喰われてしまったのだろうか。  怖い――。どこに癒しだとか、自ら近づいていく要素があるのかわからない。少し離れたところを歩くオゼさんを見た。横顔だけはきれいだ。鼻とあごの形が良い。  オゼさんの顔がこっちを向いて、反射的に目をそらす。  自分から見ておいて失礼だろうか。でも怖い。背の高いオゼさんにはいつも見下ろされている感があり、それだけで圧を感じているのに、あんな性癖を聞いたあとだと余計に恐い。  思わずアオチさんの影に隠れた。  そんな僕をアオチさんが不思議そうに見る。 「どうかしたか?」  心の中を全部口に出すのがこの人の悪い癖だ。 「どうもしていません」  出来るだけ感情を込めずに答えた。  ――どうしよう。気をつけたのに、ちょっと食い気味だったかな。全然似てない先輩二人が同じ困惑の表情で僕を見ている。 「……ああ、なら良いけど」  アオチさんが曖昧に答える。だめだ、僕のせいで微妙な空気になっている。話題を変えたい。 「……あの、これから乗る船は、例の『海で燃える人』の件と、何か関係があるんですか?」  アオチさんの口が重いのは冷たい空気のせいだけじゃない。 「うん……実はそうなんだよ。お前、勘が良いな」  僕じゃなくても変に思うだろ。こんな年の瀬に、急に客船でもない船に乗せてもらえるなんて言うんだから。 「おい、『海で燃える人』ってなんだ?」 「あ、オゼは疎いもんな、そういう話」  アオチさんとオゼさんの会話には気遣いを感じないーーそれだけで何故か急に悲しくなった。 どうして、今日は海鳥たちが飛んでいてくれないんだろう。  いつものように僕の心の音を鳴らして海の上で風を受けて欲しい。こんな静かなビルの下で、泣き顔を隠すのは嫌だ。 「今月に入ってからだ。世界中の海で焼死体が浮いているのが見つかってるんだ。ニュースにもならないから余計に尾ひれがついて噂が広がってるんだよ」 「だったらただの都市伝説とかじゃないのか」  海、焼死、浮く……と呟いてからオゼさんがさらりと言った。それこそ海に浮きそうなふわりとした声で。 「俺もそう思ってたんだよ、今回の船を手配してくれたおじさんに聞くまでは――」
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