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心臓回収船
アオチ
今回、年末に帰省しそびれそうになった俺たち三人が船に乗れる事になったのは、船舶会社に勤める叔父の計らいだ。
そしてこの船こそ、海に浮いた焼死体を回収してまわる船だ。
ただし、この噂には一つ訂正事項がある。海で燃えているのも、浮いているのも心臓であって身体全体ではない。
どこから現れたのか知れない心臓が海面すれすれで燃え上がり、そのまま焦げて、海に沈むこともなく浮いている。これが真相だ。
誰のものかはわからないが、人間の心臓をそのままにしておくことも出来ずに叔父の会社も回収に駆り出されたというわけだ。それほどに焼け焦げた心臓は広い範囲で見つかり、日に日に数を増やしているという。
心臓たちは腐りもしなければ、鳥や魚についばまれることもなく、焼け焦げた後も、無駄にヌメヌメと赤黒く海を漂っているそうだ。俺も直接見たことはない。全て叔父の受け売りだ。
そこまで話して、改めて二人の表情を確かめた。
波止場の見えるベンチに座る二人を見おろして、俺だけが立っていた。急に吹いた強い風に上着を寄せる。
先に口を開いたのは特に驚いたふうでもないオゼだった。
「じゃあ、俺たちはこれから心臓と二十時間以上、一緒に過ごすってことか」
「気持ち悪いですね」
本当に今にも嘔吐しそうな青白さでオオミが言う。
「嫌なら無理に乗らなくていいんだぞ。大体今、船に心臓が載っているとは言ってないだろ」
「俺は嫌じゃないよ。むしろ心臓で良かったと思ってる。全身丸ごとゴロゴロしてるよりましだよ。それで、その船にはまだ心臓がいっぱいじゃないんだな? それなら回収しながら北上するのか?」
淡々と語るオゼをオオミが怯えた表情でチラチラ見ている。直視出来ないようだ。指まで震えている。
たしかにオゼはいつも飄々として、ちょっと不気味なやつだとは思うが、そこまでか? オゼはオゼで、右手首の辺りを逆の手で押さえて、気まずそうにさすったりしている。
「回収しながら進む。ただ、回収は一向に進まないらしい。心臓は確実にそこにあるのに、人の手でも網でもすくい取れないみたいなんだ。――それより何だよ、二人とも俺に隠しごとでもあるのか」
からかい半分で聞いてみた。
「ないです」
「ないよ」
二人の声の前を海風が通ったのに、しっかり耳に届いた。何なんだよ、絶対隠しているじゃないか。聞かなければ良かった。
悔しくなって二人に背を向けた。
俺の方が、二人の事を知っているはずなのに、いつの間にこんなに親しくなったんだ。オオミのことは入社した時から面倒を見てきたし、変り者のオゼと仕事以外の会話をするのも俺だけかと思っていた。
「どの船だ?」
俺が気を悪くしているのを察しているのかいないのか、微妙な調子でオゼが言い、立ち上がった。
「ああ、あの上が白で下が濃い青のやつ」
生きているように朝の光を細かく反射する海を背に、死んだように浮かぶ船を指して答えた。
「変わった形のあれか? へえ、行ってみようぜ。どうせそろそろ約束の時間だろ」
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