ふたりの夫

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ふたりの夫

「したいです…したいです…したいです。」 広いベッドの隣で小鳥遊(たかなし)が、ずっと駄々を捏ねている。 「出来ません。」 (とうこ)は小鳥遊に背中を向けて寝ていた。 「分かってます…けど、したいんです。」 冬は大きなため息をついた。 「今夜は私、(しず)さんの所か、自分の部屋で寝たほうが良さそうですね。」 布団を捲って、冬は起き上がろうとした。 「それは駄目…。」 小鳥遊は、背中を向けて寝ている冬を自分の傍に引き寄せた。 「ほら…だ・か・ら! そんなことするから余計したくなっちゃうんですってば。」 小鳥遊は冬の頭に顔を近づけて深呼吸をした。冬の腰に当たり、既に太く硬くなっていたものが、益々膨張したのが判った。 「じゃあ…お口でしましょうか?」 …多分…。 「いいえ…挿れたいです。」 …言うと思った。 「(がく)さん…あと1週間程ですから、我慢して下さい。挿入以外だったら何でもお手伝いしますから。」 (とうこ)小鳥遊(たかなし)を優しく宥めた。 「じゃあ…お尻で。」 …え? 「マジで?」 …裂肛上等…おまけに穿孔性腹膜炎がついてきそう。 「…いえ…冗談です。」 …駄目だ…どっと疲れた。この先が本当に心配。 「お願いがあるの…というより約束して下さい。」 「何でしょう?」 「浮気…しないでね?」 冬は、一度前科のある小鳥遊をじっと見つめた。 「今からこれじゃ、この先が本当に心配です。そんなにしたいならプロのところへ行ってください。」 冬は真面目な顔で小鳥遊に告げた。 「約束します。僕は浮気はしません。トーコさん大好き青年医師ですから。」 小鳥遊は仕事をしている時の患者に見せる、素敵で包み込むような優しい笑顔を冬に見せた。 …(がく)さん。 冬は一瞬見惚れてしまった。 その爽やかな笑顔を見ているとついつい甘やかしてしまいそうになる。 …いかんいかん。 今の(がく)さんは、 甘えん坊変態に著しくダウングレード中だ。 慌ててその思いを振り払った。 病院で見る姿と、 渋くて素敵でどこからみても紳士的。 年齢を重ねた今でも、 小鳥遊のファンは多いというのに。 家庭では、 性欲に全振り特化モンスター。 IQダダ下がり状態。 「だから…どこにも行かないで傍に居て…僕に…。」 冬のお尻にぐいぐいと 固く大きくなった巨根を押し付けた。 「挿れさせて♪」 …危ない。危ない…騙されるところだった。 冬のパジャマのお尻の割れ目にあてがう様にその完全体を擦り付けていた。 「だっ…だから、事前に説明したでしょう?」 冬には壮大な家族計画があって、 それは小鳥遊と今泉に詳細に説明していた筈だった。 …やっぱり あの時、自家製エロ動画を作らせておくべきだった。 「はい。それは判っているんですが…でもしたいんです。」 小鳥遊は冬の肩に顔を乗せて囁いた。 「やっぱりプロに行きなさいよ。泡の国♪」 …素人に手を出されるよりは、プロフェッショナルの方がまだマシ。 「ほら…大好きなコスプレとかして貰えば良いじゃないですか。ねっ…そうなさいよ。」 冬の腰に回していた小鳥遊の手が、もぞもぞと胸にあがって来るのが判った。 「プロ…嫌だ。トーコさんがいい。」 「(しず)さんも、誘ってみたら?」 …行かないっていうと思うけど。 大きな手にぴったり収まる冬の胸を、ゆっくりと揉み始めた。 「だって…大きすぎるって…断られちゃったんだもん。」 既に硬く尖った胸の突起の上に、指を滑らせながら寂しそうに小鳥遊が言った。 …おい…プロは嫌とか、数秒前に言ってたのはどの口だ? 「プロでも断られる、それをほぼ毎日、受け入れている自分を褒めてあげたい…。」 冬はため息をついた。 「それは…あなたがPhallophilia(巨根愛好者)だからですよ。」 小鳥遊は、真面目な顔で言った。 …ふぁ…ファルフォフィリア‼︎ おいおいおいおい。Dr. Pervert ちょっと待て。どさくさに紛れて、今なんて言った? 「それだけは全・力・否・定!ガクさんこそ、セックス依存症でしょう?この機会に一緒に病院へ行きましょう♪」 「…だから…トーコさん お願いします。ちゃんと着けるし、先だけでも良いですから。」 …完全無視か。 冬は失笑した。 「トーコさん、笑い事じゃないんです。」 …盛りのついた高校生でもあるまいし。笑い事ですよ? 「じゃあ…ほら…大好きなお医者さんごっこしましょう♪」 最近は、寝る前のこのやりとりが増えて、常に睡魔と戦っている冬には面倒だった。 「もう飽きちゃった。」 …結婚したら、ちょっとは良くなるかと思ってたのに。 小鳥遊(たかなし)の胸を揉む手の動きが早くなった。 「…ちょ…その茶筒六半斤をそんなに押し付けないで下さい…ってあれ?何でいつの間に下を脱いでるんですか?」 はち切れんばかりに隆々と肥大したそれを、下着から露出させて、執拗に冬の太ももの間に差し込もうとしていた。 「お願いしますぅ。」 小鳥遊は、ズボンを脱いで、臨戦態勢だった。 「…しまいなさいっ!」 逃げようとする冬の、ショーツの中に手を滑り込ませた。 「あなただって…濡れてるじゃないですか。」 小鳥遊が、指で愛撫すると悩ましげな音を立てた。 「私だって…したい…です…よ。」 …もう2ヶ月近くしていない。 「はい♪これで、避妊率80%です。早く早く」 …いつの間にか、コンドーム装着してるし。 「なんか説得力あるんだか、無いんだか。」 冬を抱きすくめるように抱え、ショーツを手際よく脱がせた。 「駄目で…あぁ」 冬が言い終わる前に、小鳥遊は後ろから押し挿った。 ーーー クプッ 「…久しぶりのトーコさん…あぁ…生き返ります。」 …温泉と違うから。 小鳥遊が、くびれまでをゆっくりと入れると、冬が締め付けた。 「もう…やめられませ…んし、とまり…ません。」 冬の腰を支えている小鳥遊の手に力が入った。 「ああ…ちょっと…待って。」 ゆっくりと深く柔らかい中に入っていくと、 (とうこ)もそれだけで蕩けそうになった。 「待て…ません。」 いつもの優しい甘い声で囁かれると,許してしまいそうになる。側臥位のままで、冬を後ろから抱え込むようにして、ゆっくりと動き始めた。 「深いの駄目…あぁ。」 冬は自分の中から湧き上がる情動に、必死に抗おうとしてみたが、徒労に終わった。 「諦めて…楽しみ…ましょう…。」 ふたりの接続部から、いやらしい音がし始めた。 「ね…トーコさんも感じているんでしょう?」 小鳥遊は耳元で甘く囁き続け、快感で引き締まった冬の乳房の突起を指で弄んだ。 ーーー びくん。 その刺激に堪らず冬の腰が動いた。 「あぁ…。」 興奮が皮膚の上をはしり体の芯を熱くした。下半身はその刺激にビクビクと反応し続け徐々にその強さを増していく。 「トーコさんは、いやらしいね。ほらこんなにココが喜んでる。」 冬の背後で、ゆっくりと優雅に波打つように動く小鳥遊の熱い肌を感じた。 「言葉…攻め…駄目。」 小鳥遊が触れる部分がピリピリと甘い電流の様に、冬の下腹部へと伝達していく。 「こんなに…濡れてますよ。」 小鳥遊は冬の手を接続部へ触れさせた。 「トーコさんの身体は、僕にいつも正直だから。可愛い人ですね。」 冬は小鳥遊の腕に抱きすくめられて、必死でざわつき出した快感から離れようともがいた。 「こ…んなことされれば…誰…だって。」 シーツを掴みゆっくりと逃げ出そうと隙を窺っていた。 「逃がしません…もっと…感じて。僕があなたをどれだけ愛しているかって事を、体で受け止めて欲しいんです。」 小鳥遊は冬の腰をぐいっとその大きな手で自分の傍に引き戻した。 「ガクさん…いや…。」 反対に冬の下腹部からの伝達刺激が溢れ出した。 ただ一つの指令 ――快感にあがらうな。従い、享受せよ。 「トーコさん…気持ちが良くなった…でしょ。あなたの中は言葉と違う…反応をしてますよ。もっと気持ちよくしてあげる…。」 小鳥遊が、ゆっくりと引き抜くと、冬の快感のボルテージが一気に下がった。 「ガクさん…もう…許して…。」 息も絶え絶えに冬は懇願し、腑抜けになってしまった下半身を引き摺る様に、ベッドの端を目指してシーツを掴み腕の力だけで、ゆっくりと移動した。 小鳥遊は新しいコンドームに付け替えた。 「トーコさん。楽しくないですか?」 少し汗ばんだ冬の背中に優しくキスを這わせた。 「…そりゃ…久しぶりだし…楽しいけど。」 冬はゆっくりと上を向くと、小鳥遊は汗で顔に張り付いた冬の髪の毛を優しく拭った。 「…痛かったですか?」 少し心配そうに冬を見つめた。 「いいえ…。ただ…赤ちゃんのことが、心配なだけ。」 その言葉を聞いて小鳥遊は微笑んだ。 「結果は、今あなたと愛し合ったからと言って変わらないでしょう?」 …確かにそうだけど。 「でも…感じ過ぎて…辛いから…嫌。」 「それは良かった。それが僕の望むところですから。」 冬の乳房の先の、敏感な部分を口に含んだ。 …あぁ。 冬の蜜がたっぷりと詰まった入り口に太くて硬いそれを押し付け、ゆっくりと挿した。 「ねぇ…感じてる トーコさんが見たい。」 冬は、それを深く根元まで飲み込んだ。 「あぁ…。」 再び快感の電流が冬の体に流れ始めた。 冬は小鳥遊の汗ばんだ首に手を回した。 「でも…もう我慢が…出来ないの。」 波打つように小鳥遊は腰を動かした。 「ここが…気持ちが良いんでしょう?」 冬がじわじわと締め付けた。 「声が…でちゃう…キス…して。」 冬は切なそうに自分を見つめ、快感に酔いしれているその潤んだ目と、火照った顔を見ていると小鳥遊は興奮した。 「嫌です…僕はあなたの甘い声が聞きたい。」 「…くっ…あぁ…。」 膣がヒクヒクと痙攣し始め、ぬるぬるとした筋肉壁は、容赦無く小鳥遊を締め付けた。腰が引けそうになる程に吸引力に小鳥遊も蕩けそうだった。 「駄…目…。」 冬の悩ましげな吐息を聞いて、ゆっくり正確に突いた。 「あぁ…感じる…。」 眼を閉じて快感に悶える冬は、 とても妖艶で綺麗だ。 「もう…イキたい?」 「うん…。」 小鳥遊は、冬を抱き起し騎乗位にさせた。 「自分で動いて…みせて。」 冬は小鳥遊の上でゆっくりと上下に動いた。 「あなたって人は…ここをこんなに濡らして。」 小鳥遊は冬の動きに合わせて、花弁の中の大きく膨れている蕾に指を押し付けた。 「あぁ…ガクさん…そこはダメぇ…うぅ…もう…いきたい。」 膣の締め付けは長く強くなり、冬の高まりを感じた。 「綺麗です…トーコさん…。」 絶頂に向けてお互いの名を譫言の様に呼んだ。 「…いっても…いい…?」 冬は苦しそうに訴えた。 「僕のトーコ…。」 冬は小鳥遊の唇を貪ると、小鳥遊は腰を下から突き上げた。小鳥遊の上でのけぞる冬の背中と尻に腕を回し、ドクドクと動く膣の中で激しく動かした。 肉が弾け合う音と、接続部からの小さな摩擦音。 「うぅ…。」 冬は小さく啼いて、果てて小鳥遊に身を任せた。ふたりは繋がったまま、小鳥遊はゆっくりと冬をベッドに寝かせた。 「僕も…いきたく…なりました。」 がっちりと冬の腰を押え、動かし始めた。 「あぁ…駄目ぇ…いった…ばっかり…なのに…また…感じちゃぅう。」 次から次へと襲い掛かってくる快感に、冬は身を任せることしか出来なかった。 「一緒にいきましょう…愛してる…うっ。」 「…ぁぁ。」 冬が再び大きくのけぞり果てた瞬間、小鳥遊も白い愛情をたっぷりと放出した。 ♬*.:*¸¸ 「大丈夫?疲れてるみたい。」 今泉が心配そうに聞いた。冬と小鳥遊、そして今泉は、ポリガミーな生活を送っている。戸籍上は冬は小鳥遊の妻であるが、冬は今泉とも同じく夫婦生活をしていた。 キッチンに立つ冬を後ろから抱き寄せ、髪の毛にそっとキスをした。 一妻多夫のこの関係は、今泉の寛容さと小鳥遊の緻密さで成り立っていた。今泉は脳外科医局長の小鳥遊と同じ病院で働いている麻酔科医だ。 「うん…平気。」 冬は口ではそう言いつつも、やはり疲れているのだ。昨日の冬は愛し合った後,夜中に目が覚め,隣でスヤスヤと眠る小鳥遊を横目にリビングへ行きボーっとしていた。 …私はこれで良いのだろうか? 初めてセックスをした後の様に、太ももの間に何か挟まっているような違和感。冬はそれから暫く眠れなかったのだ。今泉はテーブルに箸を並べ始めた。 「暫く静さんの所で寝かせてくれない?」 テーブルに小鳥遊が好きな梅干しを運びながら冬が今泉に聞いた。 「一緒に寝るのは嬉しいけど、ガクさんと何かあったの?」 「いいえ…何も無いわ。」 テーブルの上に次々と並んだ焼き魚、納豆、キャベツの浅漬けに梅干し。(とうこ)の母、(かず)が料理研究家なので小さな頃から料理を教えて貰っていた冬の手料理はとても美味しかった。 「ガクさんを起こしてきます。」 …疲れた。だるい。 冬はふたりの見えないところで大きな溜息をついた。 小鳥遊(たかなし)は広いベッドの上で、うつ伏せで眠っていた。 ブランケットが、捲れて大きな背中が見えていた。それは呼吸するたびにゆっくりと静かに上下した。 アクティウムのクーロス像のように、滑々としているが、適度な筋肉がついていた。 …相変わらず素敵。 冬は暫く眺めていた。 「ガクさん…。」 ベッドの端に座り、少しグレーが混じる髪にそっと触れた。 「あ…。今何時ですか?」 小鳥遊はいつもすぐに目を覚ました。昔からの習慣でゆっくり休めていないように思えた。一緒に暮らし始めてからは、煩い目覚ましは使わず、冬が起こすようにしていた。 「7時ですよ。」 カーテンを静かに開けると、雪がちらほら舞っていた。 「そうですか…。」 小鳥遊の少し冷えた背中を冬が、優しく静かに撫でると大きく伸びをして、冬をベッドに引きずり込んだ。 「僕はあなたと愛し合っている時間と、この朝の時間がとっても好きです。」 結婚しても、何ら変わりのない3人の共同生活に、冬は何の不満も無かった。 …今日はオペ日…気持ちよく送り出してあげないと。 「ご飯出来てますよ。シャワーを浴びて来てください。」 そんな小鳥遊に冬は、とても気を使っていた。仕事に集中できる様に、環境を整えている。 小鳥遊は、家の事で一切文句や不満を言わなかった。同科の看護師として働いていた冬が、今は仕事を辞めて、きっちりと家を守っている。 「もうちょっとこうしていたい…です。」 小鳥遊は冬を抱きしめ、髪の香りをかいだ。暖かい家庭を作る…なんて事は、冬と出会う前には考えもしなかった。 「目が覚めるとあなたが居て、僕にも…また…家族が出来た…と思えるんです。」 …また…か。 冬は、そんな事を考えても仕方が無いと思いつつも、小鳥遊の言葉は、前妻との結婚生活を思い起こさせ、紙で手を切った時にように,しつこく冬の心を嫉妬でヒリヒリとさせた。 …疲れているとダメね。 何て馬鹿げた事を考えて居るんだろうと、冬は苦笑しキッチンへと戻った。 「最近トウコさん疲れてませんか?」 小鳥遊と今泉は、昼食を一緒に食べていた。 食堂は、昼時で混んではいるもののチラホラ空席があった。 弁当を食堂へ持ち込んで食べても良く、昼時には、定食を頼むものや、売店で菓子パンを買ってくるものなど色々だった。 二人とも冬が作った彩の良い弁当を食べていた。 「そうですか?僕は何も気が付きませんけれど…。」 「あなたの前では、気が張っているんだと思います。でも例えば…。」 小鳥遊の隣に今泉の弁当を並べて見せた。 「いつものトウコさんなら、弁当の配置も気を付けて変えてるんです。中身は一緒ですが…。」 弁当をのぞき込むと、全く同じだった。 「たったそれだけで?」 小鳥遊はしまったと思った。 今泉が一瞬眉を顰めたからだ。 「すみません…僕はそういうことに鈍感なもので。」 慌てて謝ったが、今泉は言葉を続けた。 「よく真夜中に起きてひとりでテレビを観て居たり、昼間は殆ど寝てるんです…あの活動的なトウコさんが。」 今泉は、大きなため息をついた。 「ほぼ毎日…してるからですかね…。」 小鳥遊が、声を潜めて言った。 「呆れた! あなたって人は…バ…。」 今泉は、信じられないというような顔をした。 「あなた今…馬鹿って言いましたね。」 小鳥遊はムッとしたが、それよりも今泉の方が怒っていた。 「はい…マジで言いそうになりました。お願いですから自重して下さい!」 今泉は、珍しく言葉を荒げた。 (とうこ)は自分よりも、繊細な今泉に気を使っても良さそうなのに…と、小鳥遊は思った。 「あなたの仕事が、緊張と集中力が持続的に必要なので、余計な心配をさせたくないんですよ。」 今泉は、それを察した様だ。 「僕の場合は、ローテーション的に厳しいですが…替えの医者はいます。けれど、ガクさんの場合は、あなたにしか出来ないオペがある。だからこそ、あなたに気を使っているんです。」 今泉は、明らかに小鳥遊に対して苛立っていた。 「もっとトウコさんのことを考えないと、無理をしてしまうでしょうから。」 …もしかしたら。 小鳥遊は、今泉の顔をじっと見た。 「はい…僕もそう思ったんです。どちらにせよ(かず)さんに来て貰った方が良いかもしれません。」 「でも…トーコさんが良いと言うでしょうか?」 今泉は、何も言わずじっと小鳥遊を見据えた。 「わかりました…彼女には内緒で呼べってことですね。」 小鳥遊は、憂鬱なため息をついた。 「はい。」 今泉の感は、当たる。 今まで何度も今泉から聞いていたのにも関わらずそれを見逃しては、関係が壊れそうになった。 ふたりの間には、ここ数年で、分担作業のようなものが自然に出来上がっていた。 「簡単に言いますけれど、トーコさんに怒られるのは僕なんです。」 今泉は、声を出して笑った。 「まずは…あなたが“控えて”下さい。」 今泉の言い方には、小鳥遊を責めているような圧を感じた。 「その代わり…と言っては何ですが…静さんにお願いがあるんです。」 小鳥遊は、真面目な顔で言った。 …自覚が無い…ってところが困ったものだ。 今泉は、ため息をついた。 「何となくですが、内容の見当がついちゃう僕って凄い。」 今泉は、苦笑した。 「笑い事では無いんです。」 小鳥遊は、今泉に笑われてムッとした。 夕方には、大きな荷物を抱えて(とうこ)の母親の(かず)がやってきた。 今泉が、帰って来ても冬は寝ていた。 「やっぱりおかしいわよあの子。私の顔を見ると大抵すぐ怒るのに、文句も言わずに休んでるから。」 大抵すぐ怒る…と聞いて今泉は声を出して笑った。 「早いうちに来て貰って良かったです。」 今泉は、夕食の準備を手伝った。 「判るとしたらもうそろそろよね?」 カレンダーを見ながら春は指を折って数えた。 「ええ…本当だったら2週間後には検査すれば分かる筈なんですが…流石に急かす様なことを僕も言えなくて。 」 今泉は、苦笑した。 …トウコさん自身、結果を知るのが怖いのかも知れない。 「確かにそうね。こればっかりはもう少し見守るしか無さそうね。」 春が大きなため息をついた。小鳥遊(たかなし)が病院から帰って来て様子をそっと寝室へ見に行くと、その物音で冬がやっと起きた。 「…ゴメン寝すぎちゃった。」 眩しそうにリビングへ出て来た。 「ご飯は?」 冬は、ふたりに代わる代わるキスをした。 「なんか…胃もたれしてるからいらない。」 そう言ってシャワーを浴びに行った。皆で顔を見合せたが、敢えて何も言わなかった。 +:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:🐈‍⬛+ 冬はひとり産婦人科の待合室に居た。 身体が怠く、椅子に座るとウトウトと眠ってしまった。 ―――ドサッ 手に持っていた自分の鞄が床に落ちた音で目が覚めた。 …緊張しているのに眠たいなんて。 二つの相反するものが混在していることが可笑しかった。 隣で編み物をしていたお腹の大きな妊婦が冬をチラリと見た。 …これで駄目でもまたひとりでいけばいい。 「小鳥遊さぁん…小鳥遊 冬(たかなし とうこ)さん。」 何度か呼ばれた後でハッとした。 …そうだ自分の名前だった。 冬は慌てて席を立った。いざとなると結果を聞くのが怖くなり、心臓がドキドキするのが判った。 …計算では6週を過ぎたばかり。 今になって、怖気づき、もう少し様子をみた方が良かったかも知れないと冬は思った。 しかし結果で、冬のプランは大きく変わるのだから、出来るだけ早く判るに越したことはない。 産婦人科独特の…羊水の香りがする診察室に看護師に案内されて入った。 …頭が働かない。 家に戻ると、(かず)は、買い物へ出かけているようだった。 …少し横になろう。 (とうこ)は自分の寝室へ行きベッドに重い体を埋めた。 …あっ。いけない! 飛び起きると20時を過ぎており、既に小鳥遊も今泉も家に戻っていていた。 「また…夕食…ごめんなさい。」 ボーっとする頭で、キッチンへ向かった。 「また具合悪いの?」 「ううん…食欲無いだけ…シャワー浴びて来る。」 冬は小鳥遊と今泉にお帰りなさいと言ってバスルームへと向かった。 「トーコさん大丈夫ですかね?」 小鳥遊が読んでいた雑誌をテーブルの上に置いた。 昨日も今日も…で、小鳥遊も気になった。 「そうなのよ…本人は大丈夫って言うんだけど…。」 春は、洗い物をしながら言った。 シャワーから上がると、冬は冷奴だけ食べてボーっとしていた。 …あ…そうだ。 冬はゴソゴソと鞄の中を漁った。 「トーコ…そんなに具合が悪いんだったら、早めに病院へ行って診て貰いなさい。」 春が冬の様子を見て、何か気が付いたようだった。 「…あなた…まさか…。」 小鳥遊と、今泉が顔を見合わせた。 「はい…そのまさかでした。」 冬が優しく微笑みテーブルの上に置いた。 母子手帳 2冊 「あっ!」「トーコさん!」「あらまぁ♪」 3人とも大きな声を出した。 「おめでとうございます…お二人ともパパです。」 小鳥遊は、冬を力いっぱい抱きしめた。 「ガクさん…い…痛いです。」 (かず)の前にも関わらず、キスをし、再び抱きしめた。 「信じられない…です。」 「予定では8月ですって。」 自覚があるとすれば、眠気と怠さだけだった。 「言ってくれたらご馳走作ったのに!」 春は、興奮しながら言った。 きっと話せば、本当に食べきれないほどの料理を作ってくれただろう。 「だって…。今日判ったんだもの。」 こんな時こそメールぐらいしないさいよと春が怒ると、新米パパ二人組もそうですよと言った。 起きたばかりなのに、既に疲れている冬を除いた皆が興奮し、その夜は遅くまで、これからの事に付いて話し合っていた。 +:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:🐈‍⬛+:-: 「小鳥遊先生。何か良いことでもあったんですか?」 朝、病棟へ上がり指示を書いていると、師長が声を掛けてきた。 「いえ…別に。」 冬の妊娠は安定期に入るまでは秘密だった。 そう言いつつも、顔が緩んでしまって仕方が無かった。 今日は、小峠の処方ミスも、高橋がオペ助手なのに遅刻したことも許せた。 …このままじゃ駄目だ。 気が付かぬうちに、鼻歌でも歌ってしまいそうな気分だったので、昼食に今泉を誘った。 食堂の隅に座ると、すぐに子供の話になった。 「僕は、休暇は取れないと思います。」 小鳥遊(たかなし)は寂しそうに言った。 「僕は、内縁関係にあっても取れるかどうか調べて見ます。トウコさんのことを話さなければいけないと思いますが、これはあなた方と、良く相談してからですね。」 小峠が、小鳥遊の背後のテーブルから近づいて来るのが見えた。 「ガクさん 6時の方向から小峠先生です。」 今泉は既に食べ終わり,お茶を飲みつつ囁いた。 「医局長…午後の手術の件でお聞きしたいことが…。」 小峠は、チラリと今泉を見た。 「では…僕はこれで…。」 今泉は、失礼します…と小峠に会釈をして席を立った。 「はい…小峠先生何でしょう?」 いつもの冷静な小鳥遊に戻り、小峠に微笑んだ。 +:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+🐈‍⬛:-:+ 冬は、今泉の寝室で寛いでいた。 「ガクさんがあんなに喜ぶとは思わなかったわ。やっぱり嬉しかったのね。」 「そりゃそうでしょう。4年も待って何度もプロポーズを断られた挙句、他に好きな人が出来たって、三角関係になったり、色んな事件に巻き込まれて心配させたんですから。」 …耳が痛い要約ありがとう。 「確かに…人の口から聞くと私って酷い…かも。」 今泉が、時々チクチクと痛いことを言うようになったのは、気心が知れて来たからだと冬は思った。冬は今泉の整った顔を眺めていた。 …ずっと見てても飽きない。 「あ…また僕が、カッコ良いからって眺めているでしょう?」 …ナルシスト王子も御健在でなにより。 冬は笑った。 「今度、沖縄に出張があるんだ。一緒に来てくれると嬉しいな。」 小鳥遊の出張には、ついていったことがあるが今泉とは一度も無かった。 「一緒に行きたい♪」 冬は、嬉しそうだった。 「でもトウコさんの体調に合わせてだね。」 今泉は、冬の手を引っ張りベッドへと引き込んだ。 「わわっ。」 今泉の胸の中に抱きしめられた。 「今夜はゆっくり寝よう。」 …うん。 「ガクさんには“控えるように”って言っといた♪」 …(しず)さん。 「…けど…それで控える様な人ではありませんけどね。」 胸を震わせて笑った温かい今泉の腕に抱かれ、冬はとろとろと眠りについた。
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