担当者は病んでいく

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一方で、クレーマーたちがたまたま気分が良い時に訪問が出来ると、意外なほどにすんなりとサインに応じてくれることがある。 しかし必ずといっていいほど、彼らはその後に「無効だ!ちゃんと説明されていない!!」と騒ぎ出す。 その度にスタート地点に戻され、はじめからやり直しになることまでが1セットといっても良い。 更には彼らはあくまで死者になる「予定」の人間たちなので、まれに現代医学の進歩に助けられ、現世に戻って行ったりもするという不条理。 『不要なトラブルを避けるため、自身が地獄の鬼であることを含め、個鬼の特定につながる情報は全て口外禁止とする』 事務職鬼が作成したマニュアルで納得できた、数少ない記述のうちの1点。 たった1度先輩鬼の面談に同行させてもらった後、現場に放り出されるようにして始まってしまった業務の中で、担当者は担当者なりに考え、模索した。 結果、自分自身を守るために、面談は現世の1番平均的な身長、平均的な容姿、声・・・全て平均的で誰の印象にも残らない中年会社員の姿で行くよう方針を変えた。 クレーマーたちはすぐに名前を聞いてくるが、「個人情報の保護の観点」「『担当者とお呼びください』で乗り切った。 相変わらずサインはもらえなかったが、マニュアル通りの『死者様が一番会いたいと思っている人間の姿に擬態』なんてもので、トラブルになるよりマシだった。 けれど。
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