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ホストクラブに着くと年齢確認を終えて席に案内されるまで、私はずっと麗花ちゃんの後ろにぴったりとくっつくようにして隠れていた。
「なんかドキドキするね」
「う、うん……」
流れるように案内された革張りのソファに緊張しながら座っていると、想像していた通りのいかにもホストと思われる出で立ちをした二人の男性が現われた。私よりもずっと時間をかけてセットしたであろう金髪の髪と綺麗なメイクをして、高級そうなスーツとアクセサリーを身に着けている。
ホストクラブの初回は10分ほどでホストが入れ替わり、1時間の間に10人のホストから接客を受けることになった。目まぐるしいスピードで初めましての人たちと会話をしていく時間は人見知りの私には過酷だった。麗花ちゃんはお酒も入っていることもあってずっと陽気で羨ましかった。
「初めまして、麗鴎(れお)です」
「恋(れん)です」
時間を考えたら恐らく最後の組だと思われるホストの挨拶に今夜何度目かの自己紹介をする。ひときわ派手な名刺をくれた麗鴎さんはどうやらこのホストクラブでも上位の人気を誇るらしい。確か入店時に大きな写真が飾ってあって、このお店の「No’1」だと書いてあったはずだ。
「もしかしてホストも初めて?」
「え、あ、はい……やっぱり、分かりますか?」
「ずっとキョロキョロしてるから」
「あ、その、シャンデリアとか、綺麗だなって思って、すみません」
「どうして謝るの?このお店を選んでくれて嬉しいよ」
「あ、はい……名刺、素敵ですね」
「ありがとう。名前を覚えてもらうためにね、こだわってるんだぁ」
女性の扱いに慣れているホストのことを勝手に年上なのかと思っていたけれど、名刺を褒められて笑顔を見せる麗鴎さんの顔には可愛らしいあどけなさが感じられた。
「でも難しい漢字使ってるんですね……鴎なんて、森鴎外でしか見たことない……」
「そう、森鴎外から取ったんだよ!」
「えぇ⁉」
失礼かもしれないけれど、ホストの口から「森鴎外」なんて名前が出てきて驚いてしまった。
「あ、意外だと思ったでしょ。ホストは本なんて読まないと思った?」
「え、あ!ご、ごめんなさいっ!」
「別に怒ってないよ。美姫ちゃんは本読むの?」
「あ、はい……最近は――」
あざとさを感じるくらいわざとらしく不貞腐れたフリをする麗鴎さんは私が好きな本の話をするとすぐに笑顔に戻ってくれた。きっとこのギャップも喜怒哀楽の使い分けも、私を顧客にする為の手段でしかないと頭の中では分かっているのに、少し胸が高鳴ってしまった。
「それじゃあ時間だから……連絡先交換しようか」
「はい」
気付けばお互いの膝がくっつくくらいに詰められていた距離も気にならなくなっていた。何の抵抗もなく男性に連絡先を教えたのは初めてだった。ホストの沼にはめるためにグイグイと来られるかと警戒していたのに、思ったよりもお別れの時間もあっさりと終わり、さっぱりとした気持ちでお店を出たのだった。
夜になっても夏の暑さとじっとりとした湿度の高さは不快で、一気に楽しみのない現実に引き戻されてしまった。たった一時間程度いた煌びやかなホストクラブの世界がまるで夢だったかのように感じて、最初は乗り気でなかったのに、まだ夢が醒めなければいいと思ってしまった自分に驚いた。
「これで三千円……いいのかな」
「ね!そう思うくらい良かったね!お気に入りの人見つかった?」
「え、いや、どうだろう」
「ねぇ聞いて、恋くんてさぁ――」
それから駅に着くまでの道のりはずっとホストクラブであったことで盛り上がった。この時の私は夏の暑さだけではなく、魅力的な異性との触れ合いで自分の体温が上がっていることに気付いていなかった。
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