伊達政宗VS伊達政宗事件

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伊達政宗VS伊達政宗事件

「二次元の権利を護れ!」 「コミケ反対、我々は三次元人の慰みものじゃない!」 「二次元強制連行の責任を取れ!!」  そんなシュプレヒコールを市役所前の勾当台公園で上げているのは、アニメや漫画やゲーム出身のキャラクターたち。いわゆる二次元人だった。  仙台へ越してきて役所で様々な手続きを終えたばかりの和田成(わだそん)は、彼らを横目に、桜が遠慮がちに彩りだした公園を横切る。  プラカードなどで二次元人権擁護と三次元への非難をスローガンとして装備したキャラたちは、老若男女様々だった。人型だけではない、動植物、機械、空想生物、他に例えようのない者たちもいる。  半透明の幽霊や双頭のドラゴンなどもいるから勘定は難しいが、ざっと百体以上はいた。白黒から原色のアニメ調、CGからポリゴンの身体まで何でもござれだ。  公園内。石段上のやや高くなった舞台には、代表らしき、ツーピーススーツ姿で濃い化粧の女性が陣取っていた。  まだ若くせいぜい三〇歳ほどで品も良さそうで容姿もいいからか、この街の限られた入り口はもとよりあちこちの看板やポスター、ネットや新聞などいたる所に己の活動の広告塔としても出没している人物。  二次元人権擁護とそのための三次元規制を唱える筆頭格的な三次元人活動家、和田らと同じリアルの人間たる雁汐日出子(かりしおひじこ)だった。  仙台市外でも比較的有名だが、和田は実物を初めて目にした。  彼女は印刷物などにはよく掲載されるも、テレビやラジオなどへの出演はなく、こういう演説の録音撮影は厳禁。そうした行為は二次元技術まで用いて念入りに妨害されている。  三次元人による権利侵害に憤っているからだという。そのくせ、演説中もそばに自身の姿が写った看板やポスターを誇らしげに掲示し、常に自撮り写真付きの名札まで豊満な胸に飾る。  おまけに両脇には、中世ヨーロッパ風の全身鎧を身に付けた顔も窺えない専属の二次元人ボディーガードが一体ずつ必ずいた。彼らは三次元人には不可能な戦闘力まで発揮する他、剣や盾で武装までしているのだから友好的にも思えない。  そんな日出子は公園を彩る彫像の前で、マイクとスピーカーによる大声で眼下の大衆へと訴えた。 「三次元人たちは多元宇宙論で二次元人の実在を示す旧虚構実在論が提唱されてからも、二次元人が存在しないと決めつけ権利を侵害してきました! 三次元こそ、好き放題に二次元へ辛酸をなめさせてきた自由を制限されるべきなのです!!」  役所に入るときも、演説の準備段階として録音による似た主張をスピーカーで垂れ流していた。  いつものやり口だ。満を持しての登場といったところだろう。  背筋にざわざわしたものを感じて和田は興ざめしながら、喝采を起こす二次元団体の背景を歩いていく。 「こういうのは苦手だな」  小さく呟く。二次元人たちと仲良くなりたくてこの街に来たのだから、と。  唐突に、目前を暗黒の帳が遮った。  どこからともなく法螺貝の音色が轟く。  昼間だったのに周囲は一転暗闇に没し、満月の下のススキ野原に変じる。  視界の奥。視認できない距離にあるはずの仙台城――青葉城、否、すでに失われたはずの青葉城自体がいつのまにか聳えている。  天守閣の頂点には、明月を背に人影が立つのがアップになって映され、そいつはあどけない声を発した。 「なんじゃ。こんなところに集まる暇があったら、わらわと男正宗(おとこまさむね)の決闘を見届けに来んかい!」  世界や視点が勝手に変容する新鮮さに泡を食って立ち止まる和田など構わず、周囲の人々はありふれたこととして日常行動をやめない。  唐突にひと際明るい稲妻が走り、声音の正体を浮かび上がらせる。  少女服と合成した甲冑のようなものを纏った、青い長髪の美幼女だ。片目は眼帯で封印している。  さらに、機械仕掛けの馬に跨った美青年がどこからともなくさっそうと和田の前に現れ、美幼女に呼び掛けた。 「まったくだぜBaby(ベイビー)。いっちょ、ここで雌雄を決するか女正宗(おんなまさむね)?」  こちらは赤い短髪で長身の若い美形男性。ジャケットと甲冑を合成したようなものを纏い、やはり眼帯で片目を隠している。 「よかろう男政宗、望むところじゃ」  女正宗と呼ばれた幼女が、男政宗と呼んだ青年を見下ろして嬉しそうに目を細めた。  両者、どこからともなくそれぞれの身の丈以上の巨大な刀を取り出して構える。  刹那の間。  常人には視認できぬほどの速度で互いに飛び掛かった彼らは、幾重もの剣戟を交わし、火花を散らして元の位置に戻った。  どちらも傷一つない。二人の髪の毛の切れ端だけが数本、木の葉の如く舞っただけだ。 「相変らずやるのう」  余裕綽々の女政宗。 「Yeah、お互い様だぜ」  応じた男政宗。二者の伊達者は、再度刃を構え直す。  思わず息を呑む和田。  そこで。 「はい、許可のない二次元化(にじげんか)はやめてくださいね~」  デモ隊を黙視していた制服警官が割って入った。  彼は夜のススキ野の景色を紙のように剥がし、あっという間に手中に丸める。手を開くともうそこにはなにもなかった。  辺りには一刻前までの、昼間の仙台市街が復活した。 「ぶべっ!」  足場の城を取り払われた幼女は、地面にうつ伏せに墜落し顔面を強打する。 「き、貴様」どうやら平気そうで、抗議した。「わらわを誰と心得る? 仙台青葉城が城主、伊達政宗(だてまさむね)――」 「――を、模したキャラでしょ。何度目ですか? 二次元取締法違反ですよ」  残酷に通告した警官は、 「無礼者、わらわこそが本物の伊達政宗じゃ!」  などと涙目で喚く幼女を情け容赦なく抱っこして連行していった。 「Shit(シット)、またお預けか」  和田のそばでは美青年が華麗に剣を鞘へと納めて気取っていたが、 「君もね」  と、別な警官に捕まって彼もまた連れられていった。  ある意味、街の名物だ。  ソーシャルカードゲーム『戦国武双(せんごくむそう)』で美幼女にされた伊達政宗と、家庭用アクションゲーム『戦国SARABA(サラバ)』で美青年にされた伊達政宗の、どちらがより史実の伊達政宗に似つかわしいかを巡る決闘。  かの武将をモデルにして実体化し、市内に現存するのは二人だけだという。故にこんなことをやっており、いつもはだいたい青葉城が戦場だ。  有名な二次元人に会えて感動した和田は、少しの間呆然と立ち尽くしていた。  自身の設定に即して三次元の法則を超越する二次元人の基本的能力、〝二次元化〟の片鱗を実見できたのだから。  いや。それだけでいいのか? 「……ちょ、ちょっと待ってください! お巡りさん!!」  勇気を振り絞って呼び止める。  歩道横のパトカーに向かっていた警官二人が振り返り、片方が不思議そうに問うてきた。 「どうかされましたか?」 「あの、ですね」  相手に目線を合わせることはできず、おどおどしながらも和田は意見する。 「伊達政宗のお二方は、二次元取締法には違反してないと思うんですけど」  警官たちは苦笑い。近くにいる男政宗を連れた方が、やれやれといった様相で返してきた。 「同法第二条では――」 「〝三次元人の国有地、公有地、私有地における無許可の二次元化は、これをしてはならない〟」先に紡いだのは和田だった。「に、該当するという判断ですか?」  二人の警官は顔付きを厳しくする。今度は、女政宗を抱っこする方が開口した。 「よくご存じで。でしたら拘束の正当性も理解なされているのでは?」 「〝ただし、三次元に被害がない場合はこの限りでない〟とあるはずです。二次元化が解除されても、公園に損害がないようですが」  周りを確認しながらの和田による訴えは、二次元規制法の法文に正確だった。  困ったように、相手側は問う。 「三次元人であるあなた自身が巻き込まれたかと」 「ぼくは被害だと認識していません。むしろ楽しかったですよ」  心の底からそう言った。  すると警官たちは目配せを交わしたあと、それぞれの伊達政宗を解放する。女政宗は地に下ろし、男政宗からは手を放して述べたのだ。 「……そう、仰るのであれば」 「失礼しました」  二人して和田に軽く敬礼をし政宗たちには頭を下げると、再び広場のデモ隊警備へと戻っていく。 「……OK、誰にでも間違いはあるもんだぜ」  警官たちの後ろ姿に呼び掛ける男政宗。女政宗も、ない胸を張って寛大に許す。 「うむ、苦しゅうない。今回は勘弁してしんぜよう」 「But(バット)、おとなしくStagea(ステージ)を変えるとするか。いつもの青葉Castle()に」  男政宗が握り拳から親指を立ててその方角を示すと、女政宗は両手を腰に当てて満足げに同意する。 「受けて立とうぞ」  そして、二人でビル群を跳躍するほどの大ジャンプ。街の南東へと消えながら和田へと言葉を残した。 「サンキュー、ボーイ」 「大義であったな、感謝するぞ」  緊張して返答をできなかった和田は、少しの間ニヤついて立ち止まってしまっていた。  しかし、いつもの地味で目立たないが清潔感だけはある服装で容姿も特に悪くないとはいえ、「そこはかとないオタク臭を漂わせる」と故郷の友人たちには評されてきた彼だ。  にやにやしながら人込みに立つ姿は異様だった。  周囲の痛々しげな環視に気づいて、慌てて歩みを再開する。今度は警官に自分が目をつけられては敵わない。  ちらと窺えば広場では相変わらず、拳を振り上げる日出子に続きデモ隊の二次元たちも拳かそれに相当する部位を掲げながら唱和していた。 「――二次元の自由を守れ、三次元を規制しろ!」  本来なら彼らにも何か意見したいところだが、そこまでの度胸はまだない。  和田は奥歯を噛み締めながらも、そそくさと公園隅の階段を下り、勾当台公園駅の地下鉄に救いを求めた。
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