ロリキャラ失踪事件

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 放課後。  結局同級生の頼みを引き受けることにした和田成は、下校途中に麗美花を伴って二次元探偵事務所を訪れていた。 「と、いうわけなんです」  とりあえず、彼は経緯を探偵のデスク前で報告する。  学校での休み時間に聴いたところ、麗美花はある二次元人の捜索をして欲しいらしかった。それ以上の詳細はここに来るまで明示したくないとのことだったので、和田もまだ耳にしてはいない。  彼女は、同級生の後ろの来客用ソファーに掛けて待っていた。 「なるほど」  自身の机上で組んだ両手に顎を載せて、紗流は口を利く。 「客を連れてくるとは感心だ、それで捜してほしい二次元人とは具体的に誰かな?」  探偵が目を向けた先で、麗美花はゆっくりと立ち上がった。  静かに通学鞄から写真を出し、和田の隣にきて机に載せたのだ。  写っていたのは、年端もいかぬ少女の姿をした二次元だった。  ミニにした修道女のカソックのような服装で、おかっぱに丸顔の愛らしい子供。肩の後ろには小さな翼が、頭上には光輪が浮いている。  和田にも見覚えがあったので、声に出した。 「『修道女(シスター)プリンセス』の、ローリィ?」 「ほう、何者だねそれは?」  紗流はそんな反応をした。  このような職業でありながら、探偵は必要以上に二次元について詳しいわけではないそうだ。  三次元人には凝り固まった設定の出身作品などない。二次元人にはあるそれをもとに事件の傾向に誤った先入観を抱いては、調査の差し障りになるからだという。  いつもは、依頼を受けてから関連するものを調べるらしい。この手間を省くのも、助手募集の理由だそうだ。 「『(しゅう)プリ』なら、ぼくもちょっと参加したことがありますよ」と、和田は切り出す。「アニメの出来は不評でしたけど、この姿なら原作ですね。あの作品からローリィも実体化していたとは知らなかったですけど」  新虚構実在論によれば原作が同じでも、小説、漫画、アニメ、ゲームなど、異なる表現媒体が複数あれば、媒体ごとに別々な世界が実在するらしい。それぞれで二次元の造形が違えば、実体化の際に出身元の容姿にも反映される。  さすがにこのくらいは紗流も既知のことなので、和田は写真の少女の出身作品であろう『修プリ』原作についてのみざっと探偵に紹介した。  正式名称、『修道女(シスター)プリンセス☆~司祭さま大好き~』は、二次元美少女の話題を専門に扱う雑誌の独自企画で、読者は投稿を通じて誌面の美少女キャラクターたちとコミュニケーションをとる擬似恋愛的な試みだった。  ローリィはヒロインとして設定されている十二人いる修道女キャラのうちの、最年少ヒロインだ。主人公の小学校低学年になる義妹とされている。 「助かるな。それで、警察の二次元課に相談は?」  助手に軽い礼を述べてから客へと紗流が尋ねると、麗美花は神妙に答えた。 「していません。彼女は実体化を届け出ていないし、あたしとは恋人同士で同居していましたから」  ぎょっとする和田をよそに、探偵は冷静に言葉を発する。 「わたしら以外にこのことを承知している者は?」 「いません。ローリィによれば、他の『修プリ』出身者も認知していないみたいです」  三次元人と友好関係を結んでいる二次元政府によって、二次元人には基本的に出身二次元と三次元世界のルールとを組み合わせた法が適用される。『修道女プリンセス☆(略)』の舞台は現実をモデルにしているので、比較的三次元人と似た法令になる。  麗美花は、誘拐等の犯罪者にされかねないだろう。ローリィ自身も住民として名乗り出ていないのは咎められうる。  それ以前に和田を動揺させたのは、見知ったばかりの同級生がいきなりロリコンでレズなのかという情報だが。 「警察に洩らすわけにはいかんな」  平然と探偵が言及して、助手は我に返った。 「ぼ、ぼくにはいいの?」 「様々な二次元と係る性質上、この探偵業に関しては法整備も間に合っていない」紗流は流す。「そうした部分はわたしの良心に従って活動させてもらっている。紀野咲さんも、評判を当てにしたのではないかな」  女子高生は頷いた。  助手の立場に着いた以上それは和田も同等だが、会ったばかりのクラスメイトを互いに個人として信頼しきれるのかという意味では違ってくるはずだが。  彼の危惧をよそに、探偵は客へと忠告する。 「君と二次元少女が真に想い合っているのなら、捜して発見し次第再会を祝福しよう。しかし、彼女は君の元から消えたわけだな。何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるが、ローリィの真意によっては対応も変わってくる。構わないかな?」 「……はい!」  覚悟を決めたように、麗美花ははっきりと返事をした。  それから、探偵と助手は女子高生から詳しい経緯を聴いた。  『修プリ』において、ヒロインたちは個別に特殊能力を持っている。ローリィは中でも、『守護天使(ガーディアンエンジェル)』と呼ばれる才能があった。  自らと、接触している相手の心身に影響を及ぼす事象を無効化できる二次元化。自身の意志で、この効果はいつでも発揮や解除ができるそうだ。なので、まず身の上だけは安全なはずだという。  二次元化は三次元人なら誰でも解除できるが、特に意識しなければそのままだ。そうした手段を無効化するために、監視者の三次元人が交代で常に意識を集中している防犯カメラなどもあるが、街中全てに設置されているわけではない。  ローリィはこれを利用して、『修プリ』から密かに実体化した孤独を逃れようとしたらしい。監視のない狭い範囲でじっと過ごし、保護者となりうる者にだけ自身を捉えられるよう〝守護天使〟を調整し、最初に彼女を発見して好意を持ってくれた麗美花に心を許したそうだ。  さらにローリィは天使と人の間に生まれた天使人(ネフィリム)という設定によって、飲食も睡眠も不要とのことだった。基本的に二次元人は市外に出ることを禁止されているし、外部との境界には二次元化を解除する警備が隙間なくあるが、市内ならばほぼいつまででも失踪していられるだろう。  そこからの、探偵と女子高生の会話は以下だった。 「彼女との関係は良好だったのか、行方をくらます前兆のようなものは?」 「……そういえば、前日彼女に訊かれました。〝大人のお姉さんの方が好き?〟って」 「なんと答えた?」 「少女が好き、って。〝三次元の少女は成長しちゃうけどローリィは永遠の少女だしいつまでも素敵よ〟、みたいなことを」 「ふむ。『修プリ』でのローリィは、典型的なロリキャラだそうだな」 「はい。駄菓子屋さんとかおもちゃ屋さんとか、作中でも子供っぽい場所ばっかり好きで、出会ったのも児童公園でした。付近のそういうところはだいたい捜したんですけど……」 「名探偵たるわたしには、なんとなくわかってきたよ。和田くんも待たせたな。これは、君が手伝うに相応しい一件だ」  そう助手にも仄めかして、探偵は微笑を湛えた。彼女の宣言に依頼人は驚いたが、紗流は実際、以降なんの質問もしなかった。  仕事は、麗美花の小遣い程度で引き受けてくれるとのことだった。  途中まで一緒だった自宅への帰り道、麗美花は和田にこんな話をした。 「いきなりびっくりさせちゃってごめんね、実はあたし、もともと二次元とかあんまり興味なかったんだ。ローリィに本気で恋して、彼女たちを理解したくてあの学校の二次元科を選んだの。でも二次元の友達もできそうになくて、不安だったのよ。あの子がいなくなって余計にね。で、クラスで唯一の三次元人だったあなたに接触した面もあるんだけど」 「そりゃびっくりしたけど……」  潤んだ瞳で見つめられて、なんだかいい雰囲気さえ漂わせている。  非リアなオタクだった和田はどう繕っていいのか途方に暮れて、うやむやな返事をしかけたが、 「……ぼくと似てるかもな」  本心を吐露した。意外そうに目を丸くする同級生へと、彼は明かす。 「二次元が好きで友人にもなりたくてここに来たつもりだったけど、生きた実物を前にしたら君と同じだったから。ま、初仕事がんばるよ」  彼は、さっきの雰囲気もあって励ましを込めたつもりで麗美花の肩に手を置いた。  彼女は寂しそうに笑って「ありがとう」と感謝するも、乱暴に和田の手を肩からどけて急に険しい顔と声になって釘をさす。 「けど、会ったばっかで気安く触んないでよね。あたし、女の子が好きなんだから!」  和田は、呆気にとられるしかなかった。
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