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ともあれ翌日から、紗流が見当をつけたという場所を中心にローリィの捜索は始まった。
和田に加えて麗美花も同行を申し出て、二人はまた放課後探偵事務所を訪れたのだ。
すると、すでに外出の準備をしていた紗流は、行き先をまとめて印刷した予定表とやらを二人に配ってそそくさと外へ向かった。
「目的地を絞っておいた、巡回するぞ」
だけの説明による勢いに圧倒されて立ち尽くしかけた高校生たちだが、やがて和田があとを追おうとする。
「待って!」
麗美花は彼の制服をつかんで引き留めた。和田が止まると、女子高生は案じる。
「も、もし居場所がわかったとしても、自分から〝守護天使〟を解除しないとしたらローリィは出てきたくないってことよね?」
「……かもしれない、なら紗流さんもローリィの意思を優先するって言ってたな。けど」心配を察した和田は、なんとか慰めようと試みる。「だからこそ、何もしないわけにはいかないんじゃないか。君次第で、彼女の想いにも変化があるはずだろうし」
「だと、いいけど」
項垂れて予定表に視線を落とすことになった麗美花は、そこで目を点にした。
彼女の反応を不審がって、和田も確認する。
結果、彼も唖然とするはめになったのだった。
ブティック、バー、ナイトクラブにホストクラブなどなど。『修プリ』のローリィなら紗流にも教えたのに、捜索先は子供っぽい場所が好きという彼女がとてもいそうなところではないのだ。
それでも、あの探偵の決定なので覆せるはずもない。
いちおう疑問も唱えてはみた和田と麗美花だが、紗流はやはり受け入れなかった。むしろ、「わたしの腕前は存じているだろう、いずれ洗いざらい解説するから協力したまえ」と自信満々に返された。
事件の性質もあるし他に縋れる人もいないので、仕方なく高校生たちは二日間従った。
果てに。
「ちょ、ちょっと。紗流さん、どういうつもりですか!?」
さすがの和田も、捜索三日目のアダルトショップでとうとう抗議するにいたった。
「ん? どうした」心底不思議そうに、ゴスロリドレスを着た人形のような紗流は宣う。「わたしはこれでも大人だぞ」
それも未だ信じがたいが、
「じゃなくて、ローリィは子供だろ! ぼくと麗美花は高校生だし、二人と入るなんて気まず過ぎるでしょっ!!」
全力でツッコむ和田だった。
しかも学校帰りなので指定の制服を着たまま。問題にされたらどこの生徒かバレバレだ。
少し付き合って理解したが、どうやら紗流はときどき真面目にとぼけた言動をとるらしい。俗に天然ともいう。
麗美花なんかは、店から離れたところで赤面して棒立ちになっている。
「わたしは別に構わん」
ピンク色の入り口でガラス戸を開けながら、探偵はほざく。
「あんた以外が困るわ!」
埒が明かないので、助手はずっと我慢してきた最大の問題を口にする。
「だいいち、ぼくたちが捜したのは彼女のキャラじゃ立ち入りそうにない場所ばかりだったじゃないですか!!」
「……キャラ?」
やにわに、紗流はこれまで表したことのない険しい顔つきで聞き返した。
「それは、三次元の人間が作った設定で彼女にさせていた言動のことか?」
意外な反応に、和田は言葉を失う。探偵は畳み掛けた。
「だから、〝二次元が現実化したらいいのに〟だのという君らは嘘なんだ。彼女たちはもう実在し、意志がある。人の設定通りの性格でも、そこから先は自分で考える。
彼女の世界にも大人はいた。実体化するまで時が止まっているなどとは予想だにしなかったろう。君ならどうする? ロリキャラとされ、永久に成長しないことを自覚した己を受け入れてくれると期待した人が、他者に押し付けられた虚像を愛好しているだけだったら?」
呆然とする高校生たちに、彼女は続ける。
「今まで自分のことを愛していると言っていた人が、〝大人になりたい〟と希望しただけの自分を嫌いになったりしたら、愛されていたと信じられるか?
それは、〝絶対に大人になりたいとは言わずそんな台詞も用意されていなかった作り物の彼女〟を愛していたに過ぎないのではないのか。愛していたのは物言わぬ人形で、彼女に現実の存在になって欲しいなどとは望んでいなかったのではないのか。もう彼女は、〝大人になりたい〟とも主張しうるんだぞ」
和田と麗美花に、僅かな静寂の時間が流れた。
二次元世界の住人はそこにいる間、三次元と比較すれば当然感づくような矛盾にも気づけない場合がある。実体化するとそうではなくなるとされるが。
ローリィはクリスマスや正月というイベントを何度も経験して年月や年齢や老いという概念があり成長していくと仄めかされながら、歳をとらない人間として現実に類似した舞台――いわゆるサザエさん時空にいたのだ。ギャップに悩みを抱いてもおかしくはなかった。
真っ白になった和田の思考。意識を取り戻させたのは、三次元の視覚だった。
「……しゃ、紗流さん。あそこ!」
慌てて探偵の後ろ、アダルトショップ入り口脇の外壁を指さす。
そこに寂しげに寄りかかる、半透明の幼い少女の肢体が薄っすらと現れたからだ。
彼女は、まもなくはっきりとした実像となった。
「ローリィ! 無事だったのね!!」
麗美花が喜び、紗流はその子を視界に収めて声を掛ける。
「……自分から、出てきたのか」
いたのは、嬉し泣きの表情を湛える愛らしい子供。
ミニにした修道女のカソックのような服装で、おかっぱ頭に丸顔。小さな翼は肩の後ろに、頭上には光輪が浮いている。
紛れもないローリィだった。
たまらず駆け寄った麗美花は屈むようにして、幼女に抱きついた。身長差から普通に立ったままで同じ背丈な相手側も、優しく抱擁して応える。
そしてすすり泣く女子高生に、ローリィは明答したのだった。
「……そうなの。ローは、大人になりたかったんだよ」
少女たちの再会を、探偵と助手は温かく見守っていた。
和田は事務所に掲げられていた書道を想起して、初仕事の感想を述べた。
「……〝三次を嗤う者は二次に泣く〟でしたか。ぼんやりとですが、実感できてきましたよ」
さっきまでのウブな様子はどこへやら麗美花とローリィが人目もはばからずにキスをしだしたので、探偵助手は赤くなって目線を逸らす。
そんな彼を、紗流は若干感心しながらも笑っていた。
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