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第一章 奇兵隊
ここ、長州にある白石正一郎邸。
月明かりに照らされた縁側に少し顔を赤くした二人の男が談笑をしていた。
「晋作、おめでとう。」
お猪口を月へ掲げて目を細めるのは奇兵隊参謀入江九一。切れ長の目が涼やかな凛とした青年である。
「…フッ…。ありがとな、参謀さんよ。」
胡座をかき気崩れた浴衣で柱にもたれかかっているのは奇兵隊総督高杉晋作。ツリ目の意志の強い瞳と細身の体型が特徴的な色気のある青年である。
「でも…。まさか晋作に軍隊を作らせるなんてね。殿の考えはやっぱりわからない。」
憂うような声色でつぶやく入江の顔は面白そうな遊戯を見つけた子どものようだった。
そんな入江を尻目にかけながら高杉は自信ありげに言いきる。
「俺だからに決まってんだろうが。」
「……まぁいっか。」
小さなため息を付きながら入江は姿勢を正した。お猪口を盆へ置くと草履を履いて庭へ出る。
荒れた乱世に似合わない、穏やかな風が艷やかな入江の長髪を弄ぶ。入江を照らす月は少しだけ欠けた月だった。
「…‥ったくよ。こんなめでてぇ日に満月じゃねぇなんて。」
「…この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しと思えば。」
不満そうな表情で月を睨みつける高杉には返事をせず、入江はある和歌を口ずさむ。入江の意図がわからず怪訝そうな顔をする高杉に入江は振り返った。
「満月なんてどこぞの朽ちた権力者が望むものだよ。」
「どういう意」
高杉が真意を聞く前に入江は背を向けた。
月へ手を伸ばす無邪気な入江の後ろ姿を高杉は生涯、忘れることができなかった。
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