2.変わりゆく君

1/1
前へ
/8ページ
次へ

2.変わりゆく君

 あのとき、裕樹は校舎裏に呼び出されていて、バスケ部の先輩からレギュラーを降りるよう脅されていた。当時は今よりも背が低くて、脅してきた相手より一回りは確実に小さかった。そんなふうだから、問題の恐喝行為が始まったときから彼らの様子を眺めていた勇気は、裕樹が泣きながら「わかりました」とレギュラーの座を譲り渡す未来しか予測できずにいた。  だが、予測は外れた。 「嫌です」  一歩も引かず、顎を上げて、裕樹は言い放った。  足も肩も、言葉とは裏腹に震えているくせに、瞳だけは逸らさずに必死に立ち続けるその強さが眩しくて、勇気は傍観することをやめ、仲裁に入った。  当時の自分は、今とは違って髪色をタンポポのような真っ黄色に染めていて、日々の鬱憤を晴らすため、趣味のように喧嘩をしていた。あまりにも腕っぷしが強いがために「菊塚の黄色い鬼」なんて呼ばれるほど悪いほうの意味で有名人でもあった。ちなみに菊塚というのは、勇気と裕樹が所属する高校の名前から来ているが、それはまあ、この際どうでもいい。  とにかく、その轟きすぎた悪名のおかげで、勇気が顔を出した途端に相手は逃げ出してしまったので、正直、助けたという実感はそれほどないのだが、この一件が縁で勇気は裕樹と付き合うこととなり、八年経った今も関係は続いている。  しかし、勇気は最近、悩んでいる。  髪色こそ黒くなったものの、自分はそれほど変わっていない。社会人となり喧嘩はやめたが、朝から晩までオイルにまみれて車を修理するばかりのくすんだ日々を送っていて、当時同様、眩さはかけらもない。  一方、裕樹は……どんどん輝くようになった。  四年制大学を出た後、裕樹は広告代理店に就職した。現在はテレビで見るようなCM制作にも関わっているそうで、ふたりで会っていても、仕事の連絡が入ることがしょっちゅうだ。  また友人関係も活発で、女性の声で飲み会の誘いの電話がかかってくることもまたよくあった。  しかも……あの当時は勇気のほうが裕樹よりも背が高かったのに、晩成型だったのかなんなのか、現在、裕樹の身長は勇気と並ぶほど伸びている。  守ってやらねばならぬような弱さは、裕樹にはもう微塵もないのだ。  だから……勇気は裕樹といるとついつい訊きたくなってしまう。  お前、なんで俺といるの? と。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加