1.勇気と裕樹

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1.勇気と裕樹

 海か山かどっちがいい? と訊かれて、「海」と答えた。  けれど本当は山のほうが好きだった。それでも海と答えたのは、思わず零れてしまいそうな本音が、波音でかき消されてくれるかもとどこかで思ったからかもしれない。  閉じた気持ちで砂浜に立ち尽くす時任勇気(ときとうゆうき)をよそに、恋人の安城裕樹(あんじょうゆうき)は楽しげに砂浜の上に足跡を刻んでいる。 「やっぱりバイクっていいですね。あっという間にここまで来られた。車だったらもうちょっと時間かかっちゃったかも」  秋口の少し冷えた風が裕樹のまっすぐな髪をさらりと海側へと流す。目元にかかる前髪を押さえ笑ってこちらを見る彼を、勇気は作った笑顔で見返す。 「海風強いし、怖かったんじゃねえの? お前、ニケツなんて慣れてないだろ」  後ろに裕樹を乗せて走ることが勇気自身、好きなくせについつい荒い口調で言ってしまうのは、先輩である自分を必死に演じようと虚勢を張ってしまっているからか。  高校の後輩である裕樹と初めて言葉を交わしたのは、裕樹が二年、自分が三年のときだった。当時の勇気はいわゆるヤンキーと言われるようなタイプで、対する裕樹はバスケ部に所属する真面目で爽やかなお坊ちゃんタイプ。自分達はおよそ交わることなどない真反対のふたりだった。  その裕樹に勇気が声をかけたのは、裕樹の強さを目にしたからだ。
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