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もう少し一緒にいて。
痛いことしないで。
私の誕生日だよ。
伝えようとしても、できなかったいくつもの言葉が過った。
「だから、側にいてあげる」
「え?」
「彼氏でも弟でも何でもいいよ。でも僕は何もしない。ちゃんと彩子さんの口から終わらせないと……いつまでたっても幸せになれないよ。僕にできることならなんでもするから」
「……どうして?」
「僕は彩子さんが欲しいものをあげられないから……」
早瀬くんは寂しそうにポツリと呟いた。
セックスのことを言っているなら関係ない。そう伝えようとすると、早瀬くんは私を見つめて言葉を続けた。
「彩子さんが一番欲しいのは赤ちゃんじゃなく、彩子さんを何よりも大切にしてくれる人だと思う」
私にとって誠一郎さんは一番大切で、愛おしい存在だった。
でも、どんなに一緒にいても、彼が望む特殊なセックスに応えても、私は彼の優先順位の2番目どころか優先する候補にすら入っていないのはわかっていた。
「ごめん。僕には忘れられない人がいるんだ……。彩子さんのことを一番に好きになりたいけど今はそうじゃない。もしも彩子さんがずっと僕と一緒にいてくれたら、もしかしたら彼女を忘れられるかもしれない。……でもそれじゃ彩子さんは不幸だろ?
だから僕じゃ彩子さんの気持ちは埋めてあげられないんだよ」
本当、早瀬くんは残酷なくらい正直に気持ちを伝えてくれる。
正直な気持ちなんて打ち明けず、なし崩しに私を利用する方法だってあったはずなのに。
こんな私と本気で向き合ってくれる彼の気持ちを無駄にはしたくないと思った。
「……私がちゃんと言えるかどうか見守っててくれる?」
いい歳をして、背中を押されないと動けない私だけど、最後に早瀬くんに甘えさせて欲しい。
今日突然会いたいと、誠一郎さんに連絡すると、一瞬の間のあと少し困りつつも夜なら時間を取れると、渋々承諾してくれた。
「んー、待ち合わせまで四時間もあるね。ね、彩子さん! デートしよう!」
傷心で別れを告げに行く私に、早瀬くんはなんとも呑気な提案をした。
それ場違いさに思わず声を上げて笑ってしまう。
「うん。やっぱり彩子さんの笑った顔が好きだな。どこに行きたい?」
寂しそうなのに優しい早瀬くんの笑顔に、胸がチクリと痛んだ。
テーマパークや園のつく場所は到着する頃には営業が終わる時間。
それに素敵なデートをしたくても今の私の服装は部屋着のパーカーにデニムだ。
「こんな格好でデートなんて恥ずかしいわよ」
「恥ずかしくないって! 僕だってトレーナーに毛玉付いてるよ。お似合いでしょ」
部屋着であろう彼の服には年季が入っている。
お洒落をして着飾った時よりも、違和感のない二人に思えた。
「じゃあ、私、いいところ知ってる!」
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