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メタセコイアの図書館
夏休みの図書館の静かな騒々しさが好きだった。
その日は、冷房のまっすぐ届く席を朝から陣取り、奥のホコリを被った資料室から何冊か重い資料を取った。
ぎしぎしと森がきしむ音が聴こえるほどメタセコイアの木々に囲まれている。強い風が吹いていた。
「あ、湯川じゃん。夏休み真っ盛りにこんなところでなにしてるの。もう宿題?」
声をかけてきたのはクラスメイトの紙谷文乃である。
この図書館では初めて見かけた。
私はあまり面識がない人との会話が苦手で少し動揺した。
「いや、ちょっと調べ物で。紙谷さんは?」
「私も……ちょっとした調べ物」
気まずい間を割くように紙谷が口を割った。
「よく来るの?ここ。湯川って学校で本読んでるとこ見かけるよ」
紙谷はおもむろに机に広げた資料に目を凝らし、そのまま目の前に腰掛けた。大事そうに抱えていた本を重そうに置いた。
私と紙谷は高校に入ってから二年間同じクラスだったが、共通項のない生徒同士だった。
紙谷が目の前の席に座ったことを意外に思った。
住む世界が違うタイプだと思っていたし、意外と他者との距離感に慎重なところに好感を持っていたからだ。
「よく来るよ。図書館の本はタダだから。調べ物ってそれ、昔の大浦町の写真?」
紙谷は、ハッとして机に置いた本の表紙を確認した。
「そっそう。大浦町に住むものとして歴史を知っておこうと思って」
ふーんと、さも興味がないような表情を見せ、あえて自分も同じような資料を読んでいることに関して私は話を広げなかった。
いまやなんでもスマホで調べられる時代だ。
だが、ローカルな田舎の歴史なんてものはその土地の図書館や資料館にいかなければ見つからない。今日は前に見かけた資料棚を思い出し、いつも見る夢のことを調べてみようと思ったのだ。
見た夢を調べているなんてまさか言い出せない。いまさら厨二病と噂されかねない。
「あ、この写真」
大きな瞳をさらに広げて紙谷は驚いた。
その瞳に映るものにふと視線をやると、おもわず声をこぼした。
『同じ景色だ』
声が揃ってしまったことで館内に響き、カマキリみたいな眼鏡をかけた司書さんに注意される。
「すみません。静かにします」
大仰に頷くカマキリ司書さんに隠れるように顔より大きな資料を盾にして話した。
「なんのこと?」
「実は、最近私、定期的にこの写真の夢を見るの。不思議でね、なんでかなって」
「俺も……まさか大浦崎の海岸に似てるかもって?」
おもわず唾をごくりと飲んだ。
「同じ夢ってこと?」
紙谷は、「えー!」と大きな声をあげて椅子からずり落ち、A棚からH棚までぐるりと走って帰ってきた。
「もうあなたたち出ていきなさい」
カマキリ司書さんに怒鳴られ、私たちは大急ぎで外へ駆け出した。
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