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「ごめん。湯川まで」
「いい。驚いて当然だと思う。こんなこと非現実的過ぎる」
図書館から追い出された私たちは行き先もなくメタセコイアの並木道を歩いていた。刺すような夏の陽光もメタセコイアが遮ってくれて柔らかくなる。
「そうだよね。全然話したことすらないクラスメイトが同じ夢を見るなんて」
「それに、俺たちには関係のない時代の関係のない赤の他人の夢だ。相関性がなさ過ぎる。なぜ知っているのか、潜在意識的にも知り得ない景色のはずだ」
「あれって戦争中の景色だよね」
私は神妙にうなずいた。
紙谷が前のめりに話す。
「たしか大浦崎って昔旧日本軍が毒ガス作ってたんでしょ?子供の頃まだ毒が残ってるかもだから近寄っちゃだめってお母さんに言われたことある」
「いや、それは迷信だよ。あそこはほら」
スマホで撮っていた歴史書を出す。
タップすると紙谷は息を呑んだ。
「これって何?潜水艦?」
「そう。一人用の片道しか燃料のない特攻用潜水艦。そこの訓練基地だったんだ。毒ガスじゃない」
「どうやって乗るのこれ。一人ですら乗れなさそうだけど」
「寝そべって乗るらしい。この狭さに耐えるだけでも訓練が必要そうだな」
「私、閉所恐怖症だから絶対無理だ」
「俺も」
二人は想像しただけでも身震いをした。
まるで、筒に入るかのような操縦室で帰り道のない戦場へおもむく。恐ろしいという言葉では筆舌に尽くしがたいことだ。
「ねえ。湯川ー。調べ物ついでに私の宿題も付き合ってくれる?」
夏休みは始まったばかりだが、私は中旬には終わるように毎年スケジューリングしていた。
「まあ、わからないことがあれば教えるよ」
「ほんと?やった。ありがと。私まわりに頭いい友達いないから助かるー」
「俺も頭がいいわけではない」
「けど、湯川っていつも学年トップじゃん。それで頭がよくなかったら私なんてもう……」
紙谷がうなだれたのを見て、おもわず笑った。
「あっ笑った」
「笑ってない」
「いーや。笑ったー。ひどい」
笑った笑ってないと押し問答をしていると紙谷が躓いた。
「うわっ。ごめん。キャー」
共にバランスを崩した私を下敷きに、白い砂浜に倒れ込んだ。
「イテテ。あれ。湯川眼鏡ないと意外にイケメンさんだね」
「余計なお世話だ」
砂浜に飛んだ眼鏡を拾い上げ砂を払う。まつ毛の長さがわかるほど紙谷と顔が近くて正直動揺した。おもわずつっけんどんな受け答えをしてしまったが、紙谷は気にする素振りもなく、鼻歌を歌いながら歩き出した。
「ここだな」
視界がクリアになって見えた世界は夢の中の他人が眺めていた海岸だった。今は多くの観光客が遊泳を楽しんでいる。
「あの奥まで行ってみよ」
楽しそうな家族連れの隙間を抜け、砂浜の奥まで進んだ。
その日、久々に笑えたことを覚えている。
この頃の私は親との関係性のせいで気持ちが塞ぎ込んでいた。
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