夫の左腕

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 理人は大股で僕たちのところへ向かってきて、真鍋さんと僕を引き剥がすと、真鍋さんの胸元を掴んだ。 「なにやってるんだ! 天音に触るな!」 「理人、やめて! 離して!」 「なにやってるんだは……お前だろう!」  三人で揉み合っていたけれど、力が強い真鍋さんが理人を振り払い、床に付き飛ばした。 「うっ……」  左腕を打ち付けたのか、理人は痛そうに呻いて左腕をかばう。 「理人!」  手を伸ばそうとすると、真鍋さんにぐい、と体を抱き寄せられた。 「ほっとけ、そんな奴」 「でも……!」  真鍋さんは僕を理人から隠すかのように、広い胸の中に僕をすっぽりと包んでしまう。そして理人に言葉を投げる。 「今の、聞こえてたんだろう? 高梨君はお前といたくないから俺の家に来るって言ったんだ。高梨君がどうしてそう言ったか、心当たりがあるはずだ!」  僕は腕の中で首を揺すって、顔だけでも理人が映るようにする。その流れで見えた真鍋さんの顔はとても怒りに満ちていた。 「……運命だかなんだか知らねーけど、結婚してるつがいがいるのに、フラフラしてんじゃねぇよ!」 「真鍋さん、それは!」  言わないで、と言おうとして、いいや、もう理人は僕と彼が会って話したことを知っているんだと思い、言葉を呑み込んだ。  けれど理人は顔をしかめ「どうしてそれを?」と呟きながら僕の顔を見る。 「天音……? どうして……?」  理人がゆらりと立ち上がり、僕の方へ一歩近づく。 「どうして、って……」  理人こそどうしてわからないと思えるんだ、と眉を寄せて理人を見ると、下げている左手の先からポタポタと血がしたたたっている。コートの袖口にも血が滲んでいた。 「血……! 理人、血が出てる!」  言いたいことや訊きたいことが吹き飛んだ。思わず真鍋さんの胸を押し返して離れ、理人の手を取る。  目に見える範囲には傷はない。僕たちは話を中断し、理人をソファに座らせて、コートを脱がせた。  シャツの袖が赤く染まり、ぐっしょりと濡れている。  躊躇したものの、赤い染みがどんどん広がっていくので、袖をまくり上げた。 「これ、どうしたの……?」  あらわになった左腕は広範囲の内出血で赤紫色になっていて、つがいの刻印をしたとき以上に深い咬み傷もある。  アルファだけが持つ鋭い犬歯に当たる両端二か所は深くえぐれて、そこから血が出ていた。  今朝洗い直したシャツの染みも、ここからの出血だったんじゃ!?  いったいどうして……。 「――もしかして、自分で咬んだのか?」  真鍋さんが救急箱を持ってきて聞くと、理人は無言で頷いた。それから、僕に視線を移す。 「どうして天音が‘‘彼‘‘のことを知っているのかわからないけど……説明、させてほしい」   痛々しい傷の真相を知りたい気持ちと、理人の真摯な瞳に、僕は覚悟を決めて頷いた。
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