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「理人と、一緒になりたいからって、薬について調べに来たんだって。それで、あの、つがい解消の薬を買うお金を出してもいいって、そこまで言ってくれてたよ。甘えるわけにはいかないけど、彼が理人と早くつがいたいのがよくわかった。理人も同じだよね。だから、だから僕……」
言葉を途切れさせないよう一生懸命に話してみるけれど、「理人と別れるよ」だけがどうしても言えない。息が上がって、せっかく止めた涙が溢れ出てくる。
苦しかった。胸も喉にも、重い石を詰め込まれているみたいだった。
「……っごめん。理人から、言って。終わりの言葉は、理人から……」
「待って天音、違うんだ、そうじゃない」
理人の声が僕の声にかぶってくる。
けれど僕の耳は自分の心臓の音がうるさく響いて、理人の言葉がちゃんと聞こえない。
僕は言いかけた言葉を続ける。
「理人から、終わりにして」
「高梨君、待て。旦那の話を最後まで聞いてやれ。多分、ていうか……君らは圧倒的に会話が足りてないと思う!」
今度は真鍋さんが声をかぶせて、背を撫でてくれる。
その手の温かさに、ふと冷静になれた。
僕たちには会話が足りない……それは間違いなかった。理人は僕と必要以上の話をしないから。
けれど最後までって、これ以上なにを聞けと言うの? 理人は彼を特別だと、求めてやまないとはっきりと言ったのに。
言い当てられてもどうにもできない僕は一瞬身を縮めるけれど、理人はまた話し始めた。
「……今日は彼と話してないから、二人が会ったことは知らなかった。スクールが始まる直前に入って、終わったらすぐに出たんだ。近くにいると意思を奪われてしまうから……彼のことは、俺は今でも動揺していて、どう天音に伝えていいかわからなかった。自分が一番混乱してるのに、天音にどう言えばいいんだって。決して隠そうと思ってたわけじゃないんだ」
理人が懸命に訴えているのが伝わる。
そして、混乱する気持ちもわかる。僕が反対の立場ならもっと混乱していたはずだ。
けれどだからといって苦しくて悲しい感情を昇華できるはずもなく、それでも結局は彼と生きていこうとしているんでしょう? と思う自分がいて、なにも言葉を返せない。
すると、真鍋さんが代弁するように言ってくれた。
「……まぁ、そうだよな。まだ会って三日? 動揺する気持ちは理解できる。ただな、ふたりが抱き合う場面を見てしまった高梨君の気持ちも、理解できるよな?」
「ごめんっ……」
まるで地の底で呻くかのように、理人はくぐもった声を出す。
それから、うつむいて額を手で覆い、逡巡するようにしばらく黙った。
「……まだ言葉がまとまらないけど、知っているのならありのまま話す。……俺は確かにあの夜、運命に抗えずに彼と抱き合い、キスをして、そのまま彼と歩き出した。どこに向かっていたのか自分でもわからない。ラット状態だったんだ。彼のこと以外考えられなかった。多分、二人きりになれる場所を無意識に探していたんだと思う」
「嫌……嫌だ。その先は聞きたくない。やめて!」
二人きりになれる場所、彼のフェロモンをたくさん纏って帰ってきたあの夜の理人。
それって、二人は身体で愛を交わし合ったと言っているんでしょう?
僕はうつむいて首を振り、耳を塞いだ。
真鍋さんが「高梨くん」と小さく言って僕の肩に手を置く。そのとき同時に、理人がソファから立ち上がった。
「やめない。聞いて。彼と俺は、その先はなにもない!」
僕の前まで足を進めた理人は、耳を塞ぐ僕の両手を持つと、耳から離させてそう言った。
「……え……?」
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