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思わぬ理人の言葉に、視線を重ねる。
「店が立ち並ぶ道を歩いていたとき、ふいにある曲が流れてきたんだ。"きみのとなりで"って曲だ。……天音、覚えてる?」
「きみのとなりで、か。昔流行ったな。"君と積み重ねていく毎日が、幸せも積み重ねてく"ってサビがCMで使われてたな」
真鍋さんが先に呟いた。僕も覚えている。歌詞だって一言一句全部覚えている。
だってその曲は、中三の合唱コンクールの曲の中で、理人が一番好きだと言った曲だ。僕は人気の音楽をよく知らなくて、そう言うと、理人が「イヤホンで聞くともっといいんだ」と微笑んで、自分のイヤホンの半分を僕の耳に入れた。
あのとき、くすぐったくて僕はすぐに肩をすくめた。
理人は「あっ、ごめん」と焦ってイヤホンごと体を引いてしまって、僕の耳からイヤホンが抜けて……。
だけどそのあと、僕は勇気を出したんだ。
「聴きたい」って、うつむいて小さくだったけれど、一生懸命に声に出して、そのひと言を声にした。
そうしたら、理人は「やった!」って笑ってくれたでしょう?
それなのに僕は、言えたことにホッとしたのと、理人の輝きのまぶしさにいつものようにうつむいてしまって、身を縮めながら音楽を聞いた。
ふたりで共有したイヤホンが熱く感じて、耳たぶも耳の中も熱かった。
隣同士で並んでいる腕と腕の間の空気も熱くて、僕の胸の中もとてもとても熱くて。
だから本当言うと、音楽を聞く余裕なんてまったくなくて。
代わりに家に帰ってからCDを買いに行って、何度も何度も聞いた。
【君と積み重ねていく毎日が
幸せも積み重ねてく
この出会いも毎日も
すべてが奇跡】
ひと晩で歌詞を見なくても歌えるようになって、大好きな曲になった。
そして、合唱コンクールの歌詞書きで、一文字一文字、理人を思いながら書いた。
それと……曲の歌詞を便箋に書いて、コンクール後に渡す理人への手紙に添えた。
これからも理人と毎日を積み重ねたくて「これからも話とかしたいです」と書いた手紙に。
「うん……今でも、よく覚えてる」
あの頃の記憶も気持ちも全部覚えてる、と心の中でつぶやいていると、理人が続けた。
「あの曲が耳に入ってきた途端、頭の中に天音の顔が浮かんだ。今の顔も、昔の顔も全部。それで途端に意識がはっきりして、俺は彼に結婚しているつがいがいることを話し、家に足を向けた」
理人が背を向けると、彼は必死で呼び止めてきたそうだ。
彼に背中に抱きつかれ、フェロモンの香りを強く感じた。そうすると、抗いがたい気持ちに襲われ、今すぐ抱きしめて「アイシテル」と言葉を紡ぎたくなる……かけらもそう思ってもいないのに、と理人は頭を左右に振る。
「でもだからこそ、これは愛じゃないとわかった。人を好きになるって、愛するって、意思を奪われて、意味も分からずに本能だけでするものじゃないはずだって。俺が積み重ねてきた気持ちを奪うものじゃないはずだって」
理人が包帯を巻いた左手を上げて、僕に見せる。
「だから、ここを噛んだ。目を覚ませ、俺が愛してるのは天音だ、俺がこの歯型をつけた天音なんだって思いながら」
「理人が……僕を、愛してる?」
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