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理人と僕は同じ中学の同級生だった。といっても同じクラスではなかったし、中学入学前に受けた第二性性別検査でオメガ判定を受けた僕と、アルファ判定を受けた理人とでは、学校の同じ階にいても生活線が交わることなんてなかった。
それが中三の十月、合唱コンクールの委員会で一緒になった。
委員長に選ばれ、教壇に立って議題を進める理人は皆の視線を集める存在で、ゆるいくせのある蜂蜜色の髪をかきあげる仕草も、くっきりとした二重の瞳でプリントを確認する姿も、黒板に文字を書く凛とした背中のラインも、誰よりもアルファ然としていてかっこよかった。
そんな理人が委員会のアンケートプリントの中から一枚のプリントを抜き出し、僕に爽やかな笑顔を向けた。
「三年四組、宮野天音君?」
「……は、はい」
「すごく綺麗な字を書くんだね」
「あ、ありがとうございます!」
「どうして敬語? 同じ学年でしょ。普通にしてよ」
理人が歩いてきて、僕の席のすぐ前に立ったとき、心臓がうるさいくらいに拍動したのを覚えている。
「舞台上のモニターに、カラオケみたいに歌詞付きの映像を流そうと思ってて、手書きの方が味があっていいなと思うんだ。宮野君にお願いしていい?」
驚いた。容姿からして平々凡々な僕は、親からしか褒めてもらったことがない。それなのに、皆の憧れの理人が僕を褒め、選んだ。
委員内のアルファの訝しむ視線や、オメガの嫉妬の視線を感じたけれど、頷かないでいられるわけがなかった。
ただ、隣同士で座って一緒に作業をした五日間、僕は緊張しすぎていた。
平凡な僕には非の打ち所がない理人の輝きが眩しすぎて、ほとんど目を合わせられなかったし、理人がなにかしら話しかけてくれても、相槌を打つだけで精一杯。
暗くて愛想のない奴だと思われていたと思う。けれど理人は、動画が完成すると「イメージどおりの仕上がりだ。宮野君のおかげだよ。ありがとう!」と、大輪の花が開くような笑みを向けてくれた。
あのとき、理人への思いが「憧れ」から「好き」へと変わったんだ。
だから合唱コンクールが終わった日、合唱曲で一番好きな歌詞と「高梨君と委員ができて楽しかったです。これからも、話とかできたら嬉しいです」と書いた手紙を理人のリュックに忍ばせた。
だけど返事はなく、その後声をかけられることもなかった。
僕たちは同じ委員会の委員というだけの繋がりで、終わってしまえば共通の話題もない。きっと迷惑に思ったんだろう。
それがあの日、二学期の終わりの寒い日。
学校帰りの混んだ電車内で、僕は初めての発情期を迎えてしまった。
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