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コロナによるリモートワークでの欠席により、職場の掃除の順番が高速で回り始めた結果、時間跳躍が起きてしまった。
……と言ったところで、別に光の速度を超えたことによる相対性理論によって……などという小難しいはなしではない。もっと単純明快なはなしだ。
例えば、A、B、C、おれの順で掃除をすると定めたとして、Cが掃除をした翌日、Aとおれがリモートワークをしたとする。するとオフィスの掃除の順番はBに飛ぶ。これで二日間の時間跳躍をした……という仕組みである。
こうした短い時間跳躍をコロナ以降の一年間続けた結果、気付けば我々のオフィスは約二百日のズレが生じてしまった。
「さみぃ、さみぃ」
つってコートを羽織ってオフィスに入ると一転、
「うわあ、殺人的な暑さだ!」
と叫んでコートを脱ぎ捨てネクタイを外す。
先程まで歩いて来た寒空はどこへやら。窓の外は真夏の様相であるが、いざ窓を開けて手を出してみるとかじかむように寒い。
「うーん、掃除の当番制を辞めたのにまた時間跳躍してるぞ? これで二百三日差だ」
課長が呻いた。
「残る可能性は郵便当番ですかね?」
「盲点だったな。今日から郵便は社員全員で取りに行こう」
その日から、オフィスの全員でぞろぞろと郵便を取りに行くことになった。
しかし悪いことばかりではない。二百三日分未来の情報を得られるのだ。馬券や宝くじを買えば虹色の未来が待っている。住宅ローンともおさらば出来る……と思ってたのは、時間跳躍に気付いた最初の数日だけ。
買えども買えどもなんにも当たらない。競馬に至っては出走する馬までオフィスのインターネットで見た未来と異なる始末。
「なにがどうなっているんだ?」
「ははあ……判って来たぞ」
社内一のオタクであるワタナベが独りごちた。
「ひとりで納得してんじゃねえよ」
「さっさと答えを言えよ」
せっつくおれ等に対し、悠然とワタナベは答えた。
「バタフライエフェクトさ」
「なんだそれ?」
「ボク等が暑い暑いってオフィスでクーラー使うだろう? でも、実際のところオフィスの外は二百日前。本来なら暖房を効かせるはずが、そこに僅かな狂いが生じてしまうんだ」
「じゃあ何だ、クーラー禁止か?」
「今年の暑さは半端じゃないぞ、人死にが出かねん」
人一番暑さに弱いヨシダは、コートの襟を立ててブルっと震えた。
「じゃあ、いっそあと百五十日分時間跳躍させるか?」
「お、名案じゃねえ?」
おれが言うと、ワタナベはかぶりを振る。
「ただでさえ微妙なバタフライエフェクトだから、一年も未来になったらもっと結果がズレるよ」
「なんだよ、未来は薔薇色だと思ったのに……現実は世知辛ぇなあ」
誰が言うともなく、皆次々とため息を吐いた。
「仕方ねえ。有馬記念も豪快に外したし、年末ジャンボでも買って帰るか」
「莫迦、未来が変わったから当選番号も変わってるじゃねえか」
「莫迦はお前ぇだ。何が当たるか判らねえからこそ、夢を買うんじゃねえか」
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