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不況に続く不況で仕事を失って以来、なーんも! やる気が起きないので家でゴロゴロしながら過ごしている。2年ほど、寝て、起きて、飯を喰って、テレビのお笑い番組を観て「ゲヘヘ」なんて嗤いながら酒を呑むだけの生活を送っていたら、妻が愛想を尽かして出ていった。
「そいつはたいへん! さぞお悲しいでしょう?」
と、あなたは仰有るかもしれないが、存外そんなことはない。ただ、通帳やクレジットカードの類を根こそぎ持っていかれてしまったのは辛い。悲しい。何故ならば今夜の晩酌もままならないのだから。
「うーん、困った」
と声に出して言ってみたが、どうにも実感がわかない。
「いやあ、こいつぁ参った」
と、今度はもう少し感情を込めて言ってみた。
ぐうっと腹が鳴った。
しかし、ただ困っただの参っただのと言ってみたところで何も解決しない。仮にも大人なのだから、コンビニなどに出向いて無料の求人雑誌を貰って来るなり何なりして、立派に稼ぎ口を見付けなければならない。
と、いうワケで駅前のコンビニにトボトボ歩いて向かっているのだが、やっぱしやる気が出ねえんだよなー。誰だって毎日お酒を呑んで、ゴロゴロして過ごしたいじゃん? おれだってそうしたい。毎日気持ち良く生きてゆきたい。
11月の曇天の下、ひゅうと寒風が吹き荒ぶ。
「さみい」
誰に言うでもなく呟き、コートのポケットに手を突っ込む。と、果たしていつ買ったものなのか、ひとつぶのチロルチョコが出て来た。
見れば賞味期限も切れている。
変なものでも喰って腹でも壊したら目も当てられない。おれは暗渠に繋がるドブ川に、チロルチョコをポイッと棄てた。
くじけそうになるこころを奮い立たせてコンビニに無料求人情報誌を貰いに行く。
ぐいっと一歩を踏み出す!
すると突然、ドブ川が七色に光り輝いた。
「うわっ! うわっ?」
「お前が落としたのは、この金のチロルチョコか? それども、銀のチロルチョコか?」
申し訳程度にトーガを羽織った、ほぼ全裸の男性がドブ川からのそのそと現れ、どこかで聞いたようなセリフを放った。
「あ、違います。棄てただけです」
関わってはいけないと思いつつ、即答してしまった。
「ほう! お前は正直な人間だ」
寓話のとおりに、ほぼ全裸が言う。そうしてから、
「ここでものを棄てた人間は、大抵黙って逃げ去るか、欲の皮を突っ張らせて、棄てたことを隠して『落としました』と申告するのだが、お前は正直者だ」
と続けた。ここまで続けば、あとはお約束どおりである。
「正直者のお前には、金のチロルチョコ、銀のチロルチョコ……それから、ドロまみれの賞味期限切れチロルチョコを、毎日ひとつずつプレゼントしてやろう」
「え! 毎日?」
思わず声が上擦る。ドロまみれの賞味期限切れチロルチョコはともかく、金銀チロルチョコを換金すればこの先喰うに困らない。
「そう、ここんところに受取のサインと、送付先住所の記入を……はい、これで明日から金銀ドロまみれチロルチョコが届くので楽しみにするがよい」
そう言い残して、ほぼ全裸は送り状と受取証明書を持ってドブ川へと戻っていった。
今起きた現実を再度確認し、この先のことに暫し頭を巡らせる。
「やーめた」
と、おれは言って足取り軽く帰路に就いた。
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