剣聖の末裔

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 もつれた赤髪を二つのおさげにしているセシル・ディシャンの意見はこうだ。 「剣術が楽しいかって? さぁ、あまり考えたことはないですね。そもそもうちは兄弟が多くて、はやく独り立ちしたかった私には、手っ取り早く稼げる職業が必要だったんですよ。それでたまたま、剣の才能、のようなものがあって今に至るわけでして」  枯草色の髪を後ろでちょこんと括った最年少騎士イシャーダ・ラミーは、とうもろこしのクッキーを(かじ)りながらこう話す。 「体動かすのは楽しいっスよ。堂々と人を蹴り飛ばしてもいいわけだし――いやいや、犯罪者に限ってですよ。俺の歳で今と同じくらい稼ごうと思ったら、騎士以外には……危ない仕事しかないんじゃないっスかね?」  なにせ昔から人よりよく食べるイシャーダには、買い食いする資金が必要だったそうだ。  レオニアスと同い年の騎士、浅黒い肌と勝気な水色の瞳を持つデュエルブ・ジラールも似たような事情らしい。 「俺の下に、兄弟姉妹が4人いるんですよ。働くしかないでしょう。騎士の道を選べば、公爵家から支度金ももらえる。すみませんが、楽しいかどうかなんて考えたことないです。あくまで、仕事としてやってるだけなんで」  なお彼は、公式記録ではレオニアスより上位の下級騎士2級を持っている。  どうやら平民たちは「職業選択」の一環として、騎士の道を志すものもいるようだ。レオニアスのように、最初から一本道しか用意されなかった例は少ないのかもしれない。  上の三人とは異なる意見を出してくれたのは、落ち着いた色の金髪と鶯色の瞳を持つサラヴィエ・ラナトスだ。彼女も、下級騎士2級の保持者である。 「祖父母が、暴漢に殺されました。傭兵向けの宿屋を経営しているだけの、善良で、戦うことが出来ない人たちでした。彼らのような人たちを守れるのが騎士だと思ったので、こうして騎士団に所属しています」  立ち入ったことを訊いてすまない、とレオニアスは謝罪したが、彼女は薄く微笑んで首を横に振った。 「同期はみんな知っていることですから。隊長、あなたは誰のために剣を取るのですか? お姉さまのおっしゃる『楽しい』も決して悪いことではありませんが、剣を持ってどう感じるかではなく、何を為すのか、を考えてみるのも良いのではないでしょうか」  これまたごもっともな助言を受け、レオニアスはまじめな表情で頷いた。  そして、今。  『野郎どもの食堂』で麦酒を前に考え込んでいる。今日のお通しはポテトサラダだ。胡椒がよく利いている。  トン、と陶器がテーブルに置かれる音がした。  顔を上げると、店主エアルヴィオニーが顎で皿を指している。 「何を考え込んでるのか知らないが、まず食いな。健全な思考は健全な食欲から、だよ」  レオニアスは皿の上を見た。豚肉のステーキのようだ。タレの匂いが香ばしい。  改めて見ると、エアルヴィオニーという女性は非常に背が高い。男性の中でも長身の部類に入るレオニアスとほぼ同じくらいだろう。濃茶でやや癖のある髪を大胆に後ろに流し、薄暗い正面の下で翡翠色に光る瞳には威圧感が漂う。一目見て戦士と分かる、鍛え上げられた体躯だ。 「訊いてもいいか?」  レオニアスが話しかけると、エアルヴィオニーはじろりと皿を睨んだ。おそらく冷めないうちに食えという意味だと理解し、ナイフで切り分けつつ話を続ける。 「僕の噂は聞いているだろう……特別な才能のない平凡な剣士。姉上に言わせれば『下手くそ』なんだそうだ。そして仲間のように、剣を持つ立派な理由もない。今さらだが、戦士たちはどうしてその道を選んだのだろうと、気になってな」  フライパンと雪平鍋で料理を同時進行しながら、エアルヴィオニーは笑ったようだ。 「坊ちゃん、下手くそなのか」 「……後半は否定しないが、坊ちゃんはやめてくれ」  いまだに乳母もそう呼ぼうとするので、やめるよう訴え続けている。 「それじゃあ、レオニアス。あたしの弟子になりな」  さらりと言われた言葉が理解できず――レオニアスは間抜けにも肉を口に入れたままおうむ返しをした。 「わあいのうぇしにわいな?」 「美形がそれをやると、面白いからやめてくれ」  エアルヴィオニーは、今度は声を立てて笑った。手際よくフライパンから皿へ料理を移す。タイミングを見計らったかのように筋肉男のサンディがやってきて、皿を持ってカウンターを出て行った。本日は、カウンター席で飲んでいる客はレオニアスひとりだ。 「あたしの名前はエアルヴィオニー・ガロテ。元『太陽の傭兵団』の傭兵さ。いっしょに姉上を見返してみないか?」  翡翠の瞳に、いたずらな光が宿っていた。
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