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「シャインマスカットサンドと、赤梨のソルべ!」
フレジアはいきよいよく注文した。店頭の黒板で宣伝されていた葡萄のサンドイッチに興味津々なようだ。
「私は、巨峰とベリーのタルトで。レオニアス様は?」
ユーフォルビアに訊かれたレオニアスは、少し迷ってから「柿とクリームチーズのデニッシュ」に決めた。飲み物は、三人でアールグレイを分けることにする。このお店は、三名以上の来店で大き目ティーポットを注文できるのだ。
街路樹に囲まれた、白い傘のテラス席が特徴のカフェだ。オープンして間もないそうだが、床はあえて使い込まれた風合いに加工されている。観光名所である時計塔から少し離れたところにあるため静かなにスーツを楽しむことが出来る。
周囲をキョロキョロと見渡していたフレジアが、時間が経過したことを確認して紅茶を陶器の碗に注ぎ分けた。
「開放的で素敵な雰囲気のお店! うちのお店も改装すればいいのに」
碗を受け取ったユーフォルビアが澄まして答える。
「あの界隈じゃ、こんな垢ぬけたお店は浮いちゃうわよ」
「う、うちのお店だってそんなにダサくないもん!」
「改装すればいいのにって言ったのはあんたじゃない」
おそらくフレジアがユーフォルビアに口げんかで勝つことはないんだろうな、とレオニアスは思った。
三人がアールグレイの香りを楽しんでいると、注文した菓子が届いたのでそれぞれに舌鼓を打つ。レオニアスはそれほど甘いものが好きというわけではなかったが、あっさりとしたチーズと柿ジャムを包むパイ生地はバターの芳醇な香りがして、一つぺろりと平らげてしまった。
「これは……美味いな」
栗の生クリームタルトを追加で注文する。おそらく責任者であろう店員は、ほくほく顔でメモを取り去って行った。
「素敵なお店ですね。レオニアス様の行きつけですか?」
尋ねるユーフォルビアのフォークは、たっぷりの葡萄とベリーで赤紫に染まっている。
「いや、つい先日後輩に教えてもらったんだが……通いつめようかな」
ウラヴォルペ公爵邸の料理に不満があるわけではないが、この開放的な雰囲気は外食ならではの楽しみ方だ。
「レオニアス様、うちのお店で飲めなくなっちゃいましたもんね。新しい飲み屋さんを開拓してみるのもいいかも」
シャリシャリと音を立ててソルべを頬張りながらフレジアが言う。
「そうなんだ。師匠の前で酔っぱらうわけにもいかなし、家でひとりで飲んでもつまらないし。ただ新しい店を探そうにも時間がなくて……」
警邏隊に入る時間は減らしてもらっているが、騎士の訓練と、エアルヴィオニーの稽古がある。公爵である父が出征中は公爵夫人が公務を務めるが、レオニアスの補佐が必要になる場合も――あまりないはずなのだが、アルナールに面倒ごとを押し付けられたことを思い出したレオニアスは、にわかに頭痛がした。
秋の社交シーズンが始まったため、しばらく王都に滞在することになったのだ。本来ならば父に代わり小公爵であるアルナールが出席するのが筋だが、「私がいなくちゃウラヴォルペの平和が守れないでしょ。ほら、魔獣の数も増えてきているし」と言われレオニアスが出席することになった。着飾って社交界でダンスを踊るより剣を振るう方が楽しいという本音が透けて見えたが、魔獣の増加という報告は嘘ではなかったので、了承せざるを得ない。
「そんなわけでしばらく留守にするが、忘れず友人でいて欲しい」
レオニアスとしては冗談のつもりで言ったのだが、意外と真剣な答えが返って来た。
「レオニアス様。私たち、友だちだから。社交界でどんなきれいな女の人に出会っても、そのこと忘れちゃダメだからね!」
フレジアが、栗色の瞳に興奮をにじませている。
あまりに必死だったので、「僕は友だちが少ないから、きっと忘れることはないよ」と自虐する羽目になってしまったが、なにがフレジアをそんなに不安にさせるのか、レオニアスにはよく分からなかった。
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