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最近、お店によく来てくれるお客さんがいる。最初の頃はひとりでゆっくり飲むのが好きな人なのかなと思っていたけど、最近は騎士団の仲間の人といっしょに来てくれて、料理をたくさん注文してくれる。貴族らしいけど、威張ってないし、仲間の人たちもいつも楽しそうだから、きっと彼は慕われているのだろう。
足の悪いユーフォルビアお姉ちゃんは杖がないと外出できないのだけど、古くなってきて買い替えようか悩んでいたところで、新しい杖職人さんも紹介してくれた。それから、お姉ちゃんは以前よりも前向きになった。
よし、あのお客様に恩返しをするぞ!
――でも、私に出来ることなんてあるだろうか?
店内の清掃をするつもりが、いつの間にか考え事をしていたフレジア。可哀想な竹ぼうきがぎゅっと握りしめられている。
「フレーゼ。それじゃ開店時刻までに掃除が終わらないよ」
机や椅子を固く絞った布で拭いていた姉ユーフォルビアに叱られた。
「はぁい……お姉ちゃん、どう? 動きやすくなった?」
つい昨日新しい杖をしつらえたばかりの姉は、「うん、すごくいい。体をしっかり支えてくれる感じがするし、とってもキレイ」とご機嫌だ。
「ごめんね。いつもあんたばっかりに店の手伝いさせちゃって。私ももっと出来ること見つけていくよ」
「……! うん、一緒に頑張ろう、お姉ちゃん!」
姉の言葉が前向きになってきたことが、フレジアには嬉しく感じられる。
幼い頃、ユーフォルビアは暗いとか人見知りする性格ではなかった。しかし、町の塾で動かない足をからかわれたり、可愛い靴を見つけても履くことが出来なかったり――そういった小さな悪い出来事が重なって、いつしか障がいのある自分には何もできない、そんな透明の糸にからめとられているような印象があった。
そこへ、新しい杖が明るい希望を運んでくれたのだ。
「ウラヴォルペ公爵家ご紹介のお嬢様はそちらですか?」
店にやって来たのは、眼鏡をかけた人のよさそうな壮年の男性。大きな鞄を背負った中年の女性もいっしょに狭い階段に立っている。
「あ、えっと、どなたでしょうか?」
この時、応対に出たのはフレジアだった。身なりのいい二人組だったので、きっと酒場のお客さまとは違うと思い、どきどきしていた。
壮年の男性は「これはご紹介が遅れました」と帽子を脱いだ。
「私はサンアブル商会より参りましたサジアスと申します。こちらは杖職人のナーニアル。レオニアス様のお言いつけにより、杖をあつらえに参ったのです」
フレジアは何度も大きな目をぱちくりさせた。
「サンアブル商会って、首都にも進出しているあの大きな……? え、それと紹介してくださったのが…?」
「はい、レオニアス・フォン・ウラヴォルペ様です」
一瞬の数倍の沈黙の後、フレジアは家の中に駆け込んだ。
「お母さん、お母さん! すぐに来て!」
階段に立っていたサンアブル商会のふたりは、顔を見合わせてくすくす笑った。
「我が商会では、貴族用だけでなく平民用の商品も充実しているのだが、それを一番活用してくださるのがレオニアス坊ちゃまだという気がするなぁ」
「小公爵様は武器や動きやすい服ばかりご注文なさいますが、レオニアス様はご自身の持ち物にはあまりご興味がない様子ですね」
レオニアスから、酒屋の娘に杖を作ってやってほしいと頼まれたとき、サジアスは驚かなかった。これまでにも、平民向けの商品を作るよう頼まれることが何度かあったからだ。
「ふふふ、娘さんをすっかり驚かせてしまったようだ。せめて、可愛い花のデザインにするように頼まれたことは、内緒にしておこう」
「そうですね。お話する中でアイデアが生まれたということで」
やがて玄関口に背の高い女性と、その後ろから栗色の髪の少女がふたり現れた。サンアブル商会のふたりは彼らの許可をもらって家にあがり、寸法を測るなど必要な手続きを済ませ、迅速に新しい杖を作って届けた。
前腕全体を使って体を支えるゆるい角度のついた杖で、木材には水濡に強い塗料を塗布、先端とグリップ部には樹脂があり滑り止めの役目を果たす。全体的に彩度を抑えたダークチェリー色で、前腕を通す輪やグリップの一部の金属には錫を用い、まるで植物が腕を覆うような華やかなデザインにした。葉っぱの部分のみガラス釉薬で深みのある緑を表現している。
「わぁ、キレイ! まるで魔法のステッキみたいだわ!」
受け取ったユーフォルビアの喜びようはすごかった。
その夜は、姉妹ふたりで、首都にいる父へ近況報告の手紙を書いたが、ユーフォルビアが杖の自慢話をつづったことは言うまでもない。
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