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貴族だとか、聖剣だとか、騎士の誉れだとか。
美しい響きのそれらの言葉は、生まれた時から双肩にずっしりとのしかかっていて、重くて身動きが取れない。
雀は孔雀を羨むかもしれないが、孔雀だって羽飾りを脱ぎ捨てたいときがあるだろう。
少なくとも、英雄の子孫である公爵家の嫡男という地位は、レオニダスには身の丈に合わない華美な洋服のように思えるのだった。
* * *
建国の神話に登場する四人の英雄。
一人目は、最初の錬金術師となった。
二人目は、最初の剣聖となった。
三人目は、最初の豊穣の師となった。
四人目は、最初の王となった。
――この二人目の英雄を始祖とし、聖剣リ・レマルゴスを継承するのが、レオニダスの生家、ウラヴォルペ公爵家である。現当主ゴウシュは三十二代目であり、夫人との間に男児と女児をひとりずつ設けている。女児が姉のアルナール、そして男児がレオニダスである。
直系の成人が男女一人ずつならば男子が小公爵だろう、という偏見がどこに行ってもつきまとう。だが実際に、当主が小公爵の肩書きを与えたのはアルナールのほうだ。一族からも所有の騎士団からも反対意見はなく、レオニダス自身も賛成していた。適正から言っても実力から言っても当然だと思うからだ。
「本日の訓練はここまで!」
騎士団長の野太い声が、一日の終わりを告げた。
レオニダスは肩の力を抜き、軽く首を振って汗を振り払った。赤みがかったやわらかな髪から雫が飛び、夕陽を反射して輝く。白く平らな額、上気した頬、形の良い顎、すべてに光がきらめいて、とりわけ、夕焼け空を映す瞳は、黄金の薔薇のような異彩じみた華麗な輝きを放っていた。煉瓦と砂塵の上にひしめき合う百余名の団員に紛れることは不可能だ。端的に言って眉目秀麗。それがレオニダス・フォン・ウラヴォルペという青年だった。
勉学の成績も申し分なく、公爵家の嫡男であり際立って美しい容姿の持ち主。これでご先祖の剣の才能まで受け継いだなら万々歳だったのかもしれないが、あいにくレオニダスの剣の腕前はせいぜい中の中、といったところだ。公式的な記録としては下級騎士四級の徽章を所持している。戦士を多く輩出するウラヴォルペ領においては、容姿とは正反対にその他大勢と比較して何ら光るものはない。十八という年齢を考慮すれば、将来性に眉を顰める者もいるくらいだ。
剣を鞘に収めたレオニダスは、同僚に軽く挨拶をして訓練場を後にした。一旦は邸宅に戻ったが、汗を流した後、今一度騎士団の制服に身を包み、町の灯りへと歩を進める。目的地があるわけではない。ただ、公爵邸という場所が息苦しく感じられたのだ。
制服は心地よい。エキストラになることが出来る。ウラヴォルペ公爵騎士団、通称、宵闇の騎士団。黒地に銀のボタン、灰色の外套というこの制服は、この町ではさほど珍しいものではない。
「酒が、欲しいな」
レオニダスの声は、単なる独語でさえ詩的な響きを帯びていた。通りかかった夜の女性がはっと振り向いたが、日常茶飯事なので気にしない。
なんとなく褪せた緑色の外套を身にまとった傭兵風の二人連れに続き、とある酒場の扉をくぐる。
夏というには浅く、春というには日が長いこの頃。夜の首都は眠りにつくことを知らない。
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