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轍の青女【9】
父と母の両親は一年を通じ、わたしたちが困らないように種々の手を打ってくれていた。
……親族にわたしの存在は大きかったのだろう。
赤児のさやかが亡くなったとき、母は塞ぎ込んでしまい、父は何も手に付かなくなってしまったのをわたしの叔母と祖父母は知っていた。
相手をあまりにも愛しているため、片方が笑うともう片方も笑うし、片方が泣くと、影響を受けてもう片方も泣いてしまう。
それが、わたしの両親だった。
車に関していえば……わたしが一番最初に買った車はライゾンという名称だった。
これはオヴィスの姉妹車ともいえる車種であったが、故障が頻発したためにわたしはレオパルダスへ乗り換えた。
この車は小さな修理を繰り返しては、限界に至るまで乗り続けた。
「あ、あの……もう、いいじゃないですか……乗るだけ乗りましたって……ここらへんで……別の車は、どうでしょう? ……レオパルダスはもう生産が終わるって、ことですし……」と、知り合いの業者から泣きつかれたわたしは今、運転している車・ルーザーを購入した。
…………。
……ふっふふふふ。
……あ〜〜あ……実際のところ、車なんて、どうでもいい。
その名が、いったい何だというのか?
どんな車も誰もが好きに呼べばいい。
愛する人の名前でもないのだから。
……はぁ〜〜〜あ……さやか……わたし、お姉ちゃん……自分で自分がわずらわしくて、いつも困ってる、んだ……はぁ〜〜……ばかだよね、わたしって……ねぇ、さやか……さやかに会いたかったよ、話したり遊んだりしてみたかったよ……お姉ちゃん……。
色のないため息ばかりが、濁水みたいに出る。
詳しくなりたかったわけではないことに詳しくなってしまうのは、何故なのか?
つまらない知識が増えては、小さな驚きとドキドキした思い出が失われてゆくのを止められない。
白い塊を振り落としながら、雪を積んだダンプトラックが対向車線を走っていった。
路地を曲がって、速度を落としながらも車を進める。
古い家々は雪に覆われているものの、わたしは幼い頃にこの辺りを歩いていた。
タイヤが進むたび、初めて踏み潰された雪は小さな悲鳴にも似た音を発していることだろう。
「…………着いた」
わたしは無慈悲にうなずいた。
ああ、ここは……変わってない……。
見渡すかぎり雪と一体化しているが、まったく意には介せず、わたしはがっちりとした造りの家の前の庭へ車を乗り入れさせ、制動をかけて駐車した。
わたしは数時間運転して、実家へと到着したのだった。
この車はこのように使うべきなのだ。
強引に使用しても、走るように設計されている。
エンジンを切り、シートベルトを外し、手袋をはいてから、助手席に置いてあった両親へのプレゼントが入った箱を手に取って、ドアを開ける。
ライナー付きのパーカーを着ているわたしは車から降りて、黒革のブーツ底を雪が降り積もった地面へ押しつけた。
バタンッとドアを閉めて、目を転ずるとわたしの車が作った轍が雪の上にくっきりと刻まれている。
まだ風に乗って、灰色の空から振ってくる大小の雪があるため、パーカーに付いている大きなフードをかぶる。
フードファーが黒髪と化粧をしていない顔に、ふにゃふにゃとくっついてくる。
ギュッギュッと雪を踏みしめてわたしは足跡をつくり、実父が設計し建てた実家の玄関へ歩いた。
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