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轍の青女【1】
天使たちは身動きのとれない相手を取り囲み、口々にその言葉で述べる。
『死は勝利に呑まれたり』
『死よ、汝が勝利は何処にありや?』
『死よ、汝が棘は何処にありしか?』
『草は枯れ、花は散るものならん』
『…………』
活動できなくなり、意気阻喪した満身創痍の天使は押し黙り、うつむいていた。
「…………」
言っていることはわかる。
わたしは電話での父母とのやり取りを反芻していた。
フロントガラスの外側では、雪がぴたぴたとぶつかり、小さな水滴をつくり、溶け残っては、吹きつけてくる寒風によって流されてゆく。
「この地方に暮らすのならば、四駆でなければならない」
……そうわたしは目上の人から聞かされてきたし、そのように信じてもいた。
しかし、今になってみると、それほど四輪駆動車にこだわらなくてもいいように感ずる。
……何故か?
ふふふふ、何故かって?
笑わせてくれる。
自動車の性能は明らかに向上したし、どのように車を用いるかで状況は刻々と変化してゆくものだから。
……ふふっ、ここで、車の運転席で、不良な公務員が自問自答している……自分が自分に発する言葉のなんと純朴なことか。
「…………」
運転席から時計に目を向ける。
ああ……もう、雪道を二時間……三時間近く、走行している。
はあ〜〜…………高速道路から出たら、あの細い道に入った方が近い……。
回り道しなくて、よくなるし……。
「…………」
……あ……あの道は……たしか彼と図書館に行くため、冬に歩いた道とつながってるんだったなぁ……。
うふふふっ、凍結した道で滑って転んだり、鼻水がだらだら出たりして……ふふふふっ、懐かしい……。
……一人で車を運転しているわたしはふと過去のことを、特に過ぎ去った恋愛を思い出した。
…………故郷に向かっていたら、その地で何年も前にあった出来事が胸の中で再生されてきた。
心理学では、これを再認と呼ぶ。
……先生が言ってた……。
いつまでも続く白色に黒色に灰色、さらに連なる色々な車両と凍結している路面に雪がこびり付いた道路標識……単調さに飽きたわたしは刺激が欲しい。
……いつも仕方がない、わたしは悪くない、と考えて生きているから、自らを慰めたい。
……どんなに大事なことか。
どうして慰めるのが大事なのか、というと……わたしは抑圧のかたまりなのだから。
……生々しい自身の経験が、克明に思い出されてきた……。
……遠い場所で死んでしまった親友、中学校や高校の先生の言葉、やたらと頑丈な造りの校舎、思い出の中に残ったままの建物、閉まった行きつけの店、押し寄せては引いてゆく砂浜の波、遠くにぼんやり見える島と山、飛ぶカモメ、電線にとまるカラスにスズメ、ハトが集まる地面、薄曇りの空に円を描き舞うトビ、気になっていた人、愛犬をなでる恋人、わたしの後をついてくる野良猫、付き合っていた人、旅立ってゆきそのままになった彼、もうどこにいるのかわからない友達だった人々……男も女もいろいろな姿……。
…………そう、そう、そうなんだよなぁ。
…………もういない、いないんだ。
親戚の葬儀に行くことになった、あの彼は葬儀場へ行く途中、交通事故に遭い、全身を強打して死んでしまった…………。
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