第一章【太陽編】

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【クラウディア】     ◆  例外なくとまでは言わないが、ほとんどの人間には承認欲求がある。  そして承認欲求はその深さによって薬にもなり、毒にもなる。  薬となるならば良い。  周囲に認められたいが故に何かを頑張る。  頑張った結果、吉と出れば万々歳だ。  これは多くの場合、承認欲求の深さが浅い場合に見られる。  問題は承認欲求が深かった時だ。  みんなから「すごい」と言われたい、ちやほやされたいという次元ではなく、自分という存在そのものを認知してほしい──そういう根深い承認欲求は、毒となる。  ・  ・  ・  ここ最近のリオンは、自分というものが何なのかよくわからなくなっていた。  王族としてのリオン、第二王子──スペアとしてのリオンとは、本当に自分なのだろうか?  人々が期待するリオンになれない以上、リオンという存在に価値はないのだろうか。ならば例えば……  ──今、この羽ペンで僕の喉を突いても誰もなんとも思わないんじゃないだろうか。驚きはするかもしれない。でもそれだけだ。きっと数日後には僕のことなど忘れてしまうだろう。王族の存在価値が王族であることだとするならば、王族足りえない僕には存在価値がないことになる。では死ぬかといえば、死んだところで誰に何かを残せるわけでもない。つまり、死ぬ価値もないということになる。僕は何なのだろうか  そんなことを考えながら、リオンは日々を過ごしていた。  色あせた日々、灰色の青春である。  ◆  ある日、リオンに転機が訪れた。  ちょっとした出会いがあったのだ。  授業が終わり、教室にいたくなかったリオンは学園の中庭を訪れた。  教室には多くの生徒がいるが、誰一人としてリオンに話しかける者はいない。  第一王子のスペアとしての価値があるうちはまだ良かったが、現在のリオンにはその価値すらないからだ。  というのも、現王の弟君がここ最近勢力を拡大しており、仮にエドワードにもしもの事があった場合、王位継承争いに乗り出してくることは火を見るより明らかだと目されていたからである。  とはいえ、リオンに人間的な魅力があったならば浮かぶ瀬もあったはずである。  しかし、婚約者であるイザベラに明らかに下に扱われても何も言えないリオンの気骨の無さや、能力が足りないなら足りないなりに王族として最低限の矜持も示せない彼と利害関係抜きに親しくなりたいと思う者は誰もいなかった。  孤独は人と人の間に存在するという言葉があるが、まさにその通りで、同級生が楽しそうに歓談したりしている中、ただ一人ぽつねんと座りこくっていることはリオンにはあまりにも辛かった。  ──あの木の下で、読書でもしようか  あの木とは、中庭に生えている何の変哲もない木である。  ただし、樹液がある種の虫除けの性質を持つらしく、木の下で暇つぶしをする者も少なくはなかった。  そうして中庭を訪れたリオンだが、すでに先客がいることに気がつく。  ──学園の生徒か?いやそれにしては……  何と言うか、存在感が薄い……いや、ただそこにごく自然に存在している、そんな印象を受ける少女がいた。  貴族の子弟や子女というのは、良くも悪くも存在感がある。自分を見ろ、評価しろ、褒め称えろという自意識がこれでもかと全身から放射されているのだ。良い悪いの問題ではない、貴族として生まれ貴族として育ったならば誰でもそうなる。 「えっと……あの、お邪魔だったでしょうか、リ、オン様」  うわ、とリオンは声を出して驚いた。  例えるならば、幽霊として誰にも気づかれないまま何十年も過ごしてきた者が、初めて生者に話しかけられたような心境だった。 「なぜ僕の名前を……」  思わずつぶやくと、目の前の少女は慌てた様子で「も、申し訳ありません!私の様な平民が尊き、ええと、御名を……御名は違うか……ええと……」などとうろたえる。  その狼狽ぶりがどうにもおかしかったため、リオンはわれ知らず「ふ」と笑ってしまった。  嘲弄の笑みだ。  ただし、たかが名前を呼んでくれただけで嬉しくなってしまった自分に対しての。 「いや、済まない。リオンで構わない。良かったら君の名前も聞かせてくれないか?」 「クラウディアと申します。姓は、そのありません。平民なので……」  クラウディアの表情は暗い。  自身の名前が意味する所を知っていたし、貴族たちが平民をどう思っているかを学園生活で理解していたからである。
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