第一章【太陽編】

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【似ている二人】  ◆  リオンは「変わった名前だな」と思った。  クラウディアという名前は「雲」を意味するが、ホラズム王国では雲はあまり良いものとは考えられていない。  それは、王国の国花──"水の薔薇" と呼ばれる蒼く透き通った花弁を持つ薔薇を育てるためには、太陽の光が多く必要とされるからだ。  ゆえに、陽光を遮る雲は不吉なものとして考えられている。  しかし、リオンにとってはどうでもいい話だった。  なぜならば、自身を影であり月であると考えていたからだ。  それらがホラズム王国では死の象徴とされている以上、死が不吉を拒むなんておかしな話であった。 「学園では身分の差はない。気楽に話してくれて構わない。よろしく、クラウディア」  リオンがそう言うと、クラウディアはわずかに目を見開いた。  この時、クラウディアもまた、つい先ほどのリオンと同じ気持ちを味わったのだ。  ・  ・  ・  クラウディアは商家の娘だった。  店はそれなりに大きく、成功している部類と言える。  成功を後押ししているのは彼女の父ダグラスの野心である。  欲という脂肪を全身にべったりと貼り付けたこの男は、金と名誉を追い求めることに甚だしい。  金だけでも名誉だけでも満足ができない。  だから、大金を積んでクラウディアを学園に送り込んだ。  この決断にはクラウディア自身の才覚も寄与していた。  クラウディアはダグラスをして「男であったならば」と思わせるほどに数字に明るかったからだ。  さらに言えば、見目もそれなりに良い──これは親のひいき目かもしれないが。  そんな娘ならば、良い貴族に気に入られて……というルートがダグラスには見えていた。  そうなれば店はさらに大きくなるだろう。  あるいは、自身にも一代貴族となる目があるかもしれない。  そんな目論見をクラウディアは見通していたが、ダグラスに逆らうことはなかった。  なぜならば、彼女としてもこれ以上この家にいたくなかったからだ。  現在の母であるロミリアと彼女は血が繋がっていない。  クラウディアの実母スィーラは既に亡く、ロミリアは後妻として迎えられた。  クラウディアという名前はスィーラが名付けた名前で、これは隣国サルーム王国ではホラズム王国とは逆に縁起が良い名前とされている。そう、スィーラはサルーム王国の出身だった。  また、なぜ縁起が良いかといえば、それはサルーム王国の歴史に由来する。  サルーム王国はかつて外国からの侵略に晒され、王都が陥落寸前まで追い詰められたことがあった。  貴族も国民も悲壮な覚悟を決めたその時、空が翳り、分厚い雲が広がった。  そして水滴が地を穿つほどの大雨が降り注ぎ、侵略軍は行軍予定を変更せざるを得なくなった。  そうして稼いだ時間で他国からの援軍が間に合い、国土は守られたという歴史がある。  ゆえに、サルーム王国では雨や雲を連想させる名前は縁起が良いとされているのだ。  そんなサルーム王国の血を引くクラウディアを、ロミリアは嫌悪していた。  ロミリア自身、完全に善性に欠けるほど悪辣な女ではなかったが、人より少々選民意識が強く、自分の国が他の国に優越するという意識が差別感情となってしまった。  さらに言えば、ここ最近でダグラスの子を宿したということもある。  子が生まれれば、長女であるクラウディアは邪魔者だ。  嫌悪という感情は、ごく短時間で敵意や殺意に成長してしまうことをクラウディアは理解していた。  だから、ダグラスの思惑はクラウディアにとっても渡りに船だった。  誤算を挙げるとすれば、学園でクラウディアがどういう境遇に置かれるかという見通しが甘かったという点である。  ・  ・  ・  平民だからといって、露骨に侮辱されたことは数知れない。  不吉な名前をつけるような親の学を嘲るようなこともたくさん言われてきた。  勉強を頑張って試験で良い点数を取っても、平民風情が教師に取り入るのに必死だと小馬鹿にされる。  それでも家が逃げ場になってくれれば踏ん張りようもあるが、家でもクラウディアの肩身は狭かった。  理由は言わずもがなである。  自分は一体何のために生きているのだろうか、父親の駒としての生を全うするためか。  なまじ聡明だからこそ、自身の先行きが見えてしまう。  こういう時友人がいれば、ただ話を聞いてもらうだけでも気持ちは楽になったかもしれない。  しかし、そんな友人はクラウディアにはできなかった──これまでは。
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