第一章 おけつの危機を回避したい

11/21
前へ
/21ページ
次へ
 寮の部屋に、情けない泣き声が響き渡る。    「シゲルー、ちょっとは落ち着いたか?」 「うええぅ」    晴海にしがみついたまま、ぶんぶん首を振る。シャツの背中に涙が染みて、ほっぺが冷たい。  たった一日で、三回もイベントがあるなんて思わへん……! 教室戻って晴海の背中見たら、涙が止まらんくなってしもたんや。   『あんたね、いい加減にしなさい! 晴海くんも困ってるでしょうがっ』    電話口の姉やんに叱られて、うぐっと唸る。おれかて理性ではわかってるけど、怖いんやもん!   「シゲル、前に#来__き__#ぃ? 背中さすったるから」 「!」    おれは、いそいそと晴海の正面に移動した。ぎゅっと抱きついたら、背中をトントンしてくれる。   「よしよし。側におれんくて、悪かった」 「晴海ぃ~」    優しい。鼻をぐしゅぐしゅ言わしとったら、姉やんが深いため息を吐いた。   『ごめんね、晴海くん……』 「いや、俺はええんです。それより……シゲルが遭遇したんは、会計ルートのイベントなんですか?」 『間違いないわね。このイベントを切欠に、会計は本気で愛野くんにアプローチをかけ始めるの。これから、怒涛のように恋愛イベントが始まるわ』 「ひいい」    絶望的なお知らせに、血の気が引いていく。  嫌や! これ以上に増えるって、そんなんどうやって過ごしたら、イベントを避けれるん? 愛野くんなんか、おんなじクラスやから、どうしても一日一回は顔合わすのに。    【イベント発動→会計ルートが進む→おれのおけつ破壊】    って、スムーズにことが進んでしまうやん。ガクガク震えとったら、晴海がガシッと肩を抱いた。   「落ち着け、シゲル! 絶対、大丈夫やから!」 『晴海くんの言う通りよ。イベントが発生しちゃったとしても、諦めちゃダメ! だって今日、ふたりから話を聞いて思ったの。「ゲームとちょっと違う」って』 「ど、どういうこと?」    せき込んで尋ねると、姉やんは話し始めた。   『まず、化学教師のイベント。晴海くんが側にいたから、「悪事」に勧誘されなかったでしょ? 次に、親衛隊のイベント。ゲームでは「シゲル」一人でその場に居合わせて、愛野くんの恨みを買い、会計にまで誤解されて殴られるの。竹っち君が、あんたを引っ張ってきてくれたから、そうならなかったけど』 「そうやったんや……!」    ありがとう、竹っち。心の中で拝んどったら、晴海がハッとした顔になる。   「シゲル! 竹っちに俺らのことで、なんか聞かれへんかったか?」 「ええっ?! な、なんでそう思うん?」    鋭い指摘に、ギクッとする。晴海は、真剣な顔で言うた。   「竹っちのことやから、俺のおらんとこでお前にいろいろ聞くと思て……ボロが出たらあかんから、二人にさせんようにしててん。それであいつ、お前の班のやつと掃除代わったんやな!」 「あっ!」    そういえば、竹っちおれの班と違うやん! わざわざ掃除まで代わって、おれと恋バナしにきたんやったんか。竹っち、なにげ好奇心旺盛やなあ。  感心しとったら、電話口で姉やんが「ほらね!」と叫んだ。   『やっぱり、そうだと思った。これは、つまり――お付き合い作戦が、成功してるのよ!』 「えっ!?」    おれと晴海は、顔を見合わせた。   『確かに、イベントは順調に発生してってるわ。でも、ゲームと全く同じ展開じゃない。理由は恐らく、「シゲル」に本来は存在しないキャラ付けがあるせいよ。あんたと晴海くんが「恋人」を公言し、そのように振舞うことで……ゲームのキャラクター達に少なからず影響を与えているんだわ! だから、化学教師はシゲルに「悪事」を持ち掛けそこない、竹っち君はイベントに居合わせた』 「お姉さん、それって――」    晴海の真っ黒い目に、力が漲る。   『そう! ゲームの物語に”狂い”が起こり始めてる証拠よ! このまま、もっともっと物語を歪ませていけば――たとえ全部のイベントを発生させて、愛野くんが会計とくっついても、シゲルのケツ穴は助かるかもしれないっ!』 「姉やん、ほんまっ!?」   「ええっ!」と力強く頷かれ、ぱあっと目の前が明るくなった気がした。嬉しくなって、思いっきり晴海に抱き着く。   「晴海~!」 「シゲル~!」    背中を叩き合っていると、姉やんが咳払いをした。   『そういうことだから――二人には、もっともっとゲーム内で暴れてほしいの。端的に言うと、もっと恋人っぽく幸せそうに振舞って』 「なるほど……こいびとらしく。それで、助かるんやね?」 『できる限り、バカップルっぽくよろしくね! 悪事なんてなーんも考えてなさそうで、不幸になりそうもないような感じで。二人とも、出来る?』 「出来ます」 「即答!」    なんて頼もしいやつなんや。  この決意に応えるためにも、諦めへんで。  ほんで……おれも頑張って、もっとええ彼女になる!   「晴海、明日もよろしくなっ」 「おう。頑張ろうな」 「うん!」    
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加