13人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふー、午前も半ば終わりやなー。ちょっと休憩」
「おれもー」
休み時間、晴海はSwitchを取り出して遊びだした。あさイチの数学が終わると、もう山場は越えた感じになるよなあ。
おれも、晴海の背中ごしに、「晴海」の奮闘っぷりを見守る(晴海って、主人公に自分の名前つけんねん。おもろいよな)。
「シゲルもやるか?」
「うん。きのこ炒め作ってええ?」
「いっつもそれやなあ。たまには、ダンジョン行きや」
「嫌やぁ。すぐ死ぬんやもん」
きゃっきゃ言うて、晴海の肩にほっぺをつけた。シャツからせっけんの匂いがして、落ち着く。
……うん。落ち着く。
いつもどおりやと思ったら、なんやほっとした。
「よっしゃ、「晴海」にもお弁当つくったる」
「やめえ、こんな馬の骨に」
「ふふ」
Switchを借りて、せっせときのこ炒めを作っとったら、教室がにわかにワイワイし始める。なんとなく、楽しそうではない雰囲気や。
すると、早弁用のパンを買いにいっとった鈴木が、教室に飛び込んでくる。
「おい、お前ら大変だ!」
「なんかあったん? そんな慌てて」
鈴木は猛ダッシュしたんか、秋口やのに汗だくになっとった。尋常やない様子に、竹っちと上杉も寄ってくる。
「それがさ、会計が親衛隊を解散したんだって!」
「マジで!?」
みんな、ぎょっとして身を乗り出した。
上杉が、目をまん丸にして言う。
「まさか! 生徒会の親衛隊って、スゲェ規模だろ! そんなん、すぐに出来るわけねーって!」
「それが、やっちまったんだって。もう学校中、その噂で持ち切りだよ!」
鈴木が見聞きしたところによると――今朝、会計がいきなり、「お前ら解散してくれない?」と親衛隊室に殴り込みをかけたんやって。副隊長が、「隊員たちの気持ちがあるから」って、抵抗してたそうなんやけど。
「そしたら会計が、「結成許可書」を奪ってビリビリに破いたんだと。ついさっきのことらしい」
「やっべえ」
「もう、会計の親衛隊は無茶苦茶らしいぜ。あそこ、殆どが会計のお手付きじゃん? もう泣くわ喚くわ、怒るわ騒ぐわで」
「そいつぁ、えらいことになったな……」
晴海が痛ましそうな顔で唸った。竹っちは、恐る恐るって感じで言う。
「なあ。昨日の様子から言ってさあ……原因ってやっぱ、”あいつ”だろ?」
「うん。愛野に本気やって、示したいんかもな」
「はぁ~……それで、親衛隊解散をなぁ」
じゃあ、やっぱり恋愛イベントか。
ちなみに、愛野くんはまだ教室には来てないねん。遅刻なんか、お休みなんかわからへんけど。
「何にしても、学園荒れるぞ。あーあ、学園祭も近いのに」
鈴木は話をまとめると、肩を竦めた。
そうそう――あと二週間もせんと、学園祭があるねん。
高等部の学園祭は大規模で、出店も展示もいっぱいするし、なんなら花火もあがるんやって。その分、準備も大掛かりでな。春から係決めて、夏休みもいっぱい学校出て来たくらい。
はじめての学園祭やから、楽しい気分でやりたいよな。めっちゃわかるわ。
おれも、それまでには絶対、おけつのこと、安全にしときたいもん。
「……ん?」
「どうした、シゲル」
「晴海。おれのおけつって、いつになったら安全なんやろ」
「あっ!」
おれと晴海は昼休みに、さっそく姉やんに聞いてみた。
『シゲルが助かったかどうかわかるのは――それはズバリ、ゲーム本編でエンディングを迎えたときよ!』
姉やんは、電話口で熱弁をふるう。
「お姉さん、それは愛野がハッピーエンドを迎えたら、ということですか?」
晴海が、難しい顔でたずねた。
『ううん。ハッピーでもバッドでも、種類はどっちでもいいの。肝心なのは、ゲームの時間軸が終わることだから』
「姉やん、どういうこと?」
『この世界は、BLゲームでしょ? そのゲームの中で、愛野くんは「主人公」、シゲルは「悪役モブ」の役割を振られてるわね。「悪役モブ」のあんたは、「主人公」の物語を盛り上げるために、ゲーム世界に存在する装置なの。だからこそ――主人公がゲームのエンディングを迎えさえすれば、「悪役モブ」のあんたも、お役御免になれるのよ』
「え、ええと、つまり?」
あかん、難しくてわからへん。目をくるくる回してたら、晴海がかみ砕いてくれる。
「シゲル。愛野がエンディングを迎えるまでの間、なんとしてもケツを死守したらええんや」
「そうか!」
ぽん、と手のひらを叩く。
「で、そのエンディングってのはいつなん?」
おれは、ずいっとスマホに身を乗り出した。姉やんは、高らかに宣言した。
『このゲームのエンディングは、全ルート共通、学園祭の日に迎えるわ!』
「ううっ」
「シゲル……まあ、元気だせ」
被服室を出て、廊下をとぼとぼ歩く。晴海が、励ますように肩を抱いてくれた。
「ごめんなあ。おれのせいで、楽しい学園祭が……」
「何言うてんねん。お前がおらな始まらんわ」
「晴海ぃ~」
優しい言葉に、感激して目が潤む。
「それに、まだ一年やで。来年もあるから、しょげんとき」
「うん……!」
おれは、ぎゅっと晴海の腕に抱きついた。
――ガラ。
教室に入ると、しーんと静まり返っとる。
あれ? 昼休みやのに、なんで皆、席に座ってるんやろ。すると、担任が「臨時の話し合いだから、早く座れ」って言うてきて。
おれと晴海は、そそくさと席につく。次の瞬間――
「納得できない! なんで、愛野くんに学園祭実行委員を譲らないといけないんだ?」
委員長の鋭い声が響いた。おれはぎょっとした。
「俺だって、したいわけじゃないんだってば! あいつらに言ってくれよ!」
黄色い声が、怒鳴り返す。
愛野くん、来てたんや。なにやら、顔を真っ赤にして憤慨しとる。
委員長は、ため息をついた。
「その他人事の口振りが嫌なんだ」
「なっ……!」
「生徒会の方の酔狂には困る。転入してきたばかりで、この学園のことなんて何も知らないやつに、何が出来るんだか」
「……!」
――バンッ!
愛野くんは、思いっきり机を手で叩いて、立上がる。
「うるせぇなあ!」
大音声に、教室の黒板までビリビリ震えた。
「知識を得るのに必要なのは時間じゃないっつーの! おめーらこそ、この学園の変さに気づかねえくせに!――そこまで言うなら、やってやるよ実行委員!」
愛野くんの啖呵に、委員長が飲まれたように息を呑んだ。
みんなも、黙り込んでる。
え。この状況は一体なに?
「……全然、わからんねんけど……」
静かな教室に、おれの呟きはよう響いた。
しまった、と真っ青になったんは、愛野くんが振り向いた瞬間やった。
最初のコメントを投稿しよう!