第一章 おけつの危機を回避したい

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「ふー、午前も半ば終わりやなー。ちょっと休憩」 「おれもー」    休み時間、晴海はSwitchを取り出して遊びだした。あさイチの数学が終わると、もう山場は越えた感じになるよなあ。  おれも、晴海の背中ごしに、「晴海」の奮闘っぷりを見守る(晴海って、主人公に自分の名前つけんねん。おもろいよな)。   「シゲルもやるか?」 「うん。きのこ炒め作ってええ?」 「いっつもそれやなあ。たまには、ダンジョン行きや」 「嫌やぁ。すぐ死ぬんやもん」     きゃっきゃ言うて、晴海の肩にほっぺをつけた。シャツからせっけんの匂いがして、落ち着く。 ……うん。落ち着く。  いつもどおりやと思ったら、なんやほっとした。 「よっしゃ、「晴海」にもお弁当つくったる」 「やめえ、こんな馬の骨に」 「ふふ」  Switchを借りて、せっせときのこ炒めを作っとったら、教室がにわかにワイワイし始める。なんとなく、楽しそうではない雰囲気や。  すると、早弁用のパンを買いにいっとった鈴木が、教室に飛び込んでくる。   「おい、お前ら大変だ!」 「なんかあったん? そんな慌てて」    鈴木は猛ダッシュしたんか、秋口やのに汗だくになっとった。尋常やない様子に、竹っちと上杉も寄ってくる。   「それがさ、会計が親衛隊を解散したんだって!」 「マジで!?」    みんな、ぎょっとして身を乗り出した。  上杉が、目をまん丸にして言う。   「まさか! 生徒会の親衛隊って、スゲェ規模だろ! そんなん、すぐに出来るわけねーって!」 「それが、やっちまったんだって。もう学校中、その噂で持ち切りだよ!」    鈴木が見聞きしたところによると――今朝、会計がいきなり、「お前ら解散してくれない?」と親衛隊室に殴り込みをかけたんやって。副隊長が、「隊員たちの気持ちがあるから」って、抵抗してたそうなんやけど。   「そしたら会計が、「結成許可書」を奪ってビリビリに破いたんだと。ついさっきのことらしい」 「やっべえ」 「もう、会計の親衛隊は無茶苦茶らしいぜ。あそこ、殆どが会計のお手付きじゃん? もう泣くわ喚くわ、怒るわ騒ぐわで」 「そいつぁ、えらいことになったな……」    晴海が痛ましそうな顔で唸った。竹っちは、恐る恐るって感じで言う。   「なあ。昨日の様子から言ってさあ……原因ってやっぱ、”あいつ”だろ?」 「うん。愛野に本気やって、示したいんかもな」 「はぁ~……それで、親衛隊解散をなぁ」    じゃあ、やっぱり恋愛イベントか。  ちなみに、愛野くんはまだ教室には来てないねん。遅刻なんか、お休みなんかわからへんけど。   「何にしても、学園荒れるぞ。あーあ、学園祭も近いのに」    鈴木は話をまとめると、肩を竦めた。  そうそう――あと二週間もせんと、学園祭があるねん。  高等部の学園祭は大規模で、出店も展示もいっぱいするし、なんなら花火もあがるんやって。その分、準備も大掛かりでな。春から係決めて、夏休みもいっぱい学校出て来たくらい。  はじめての学園祭やから、楽しい気分でやりたいよな。めっちゃわかるわ。  おれも、それまでには絶対、おけつのこと、安全にしときたいもん。   「……ん?」 「どうした、シゲル」  「晴海。おれのおけつって、いつになったら安全なんやろ」 「あっ!」          おれと晴海は昼休みに、さっそく姉やんに聞いてみた。   『シゲルが助かったかどうかわかるのは――それはズバリ、ゲーム本編でエンディングを迎えたときよ!』    姉やんは、電話口で熱弁をふるう。   「お姉さん、それは愛野がハッピーエンドを迎えたら、ということですか?」    晴海が、難しい顔でたずねた。   『ううん。ハッピーでもバッドでも、種類はどっちでもいいの。肝心なのは、ゲームの時間軸が終わることだから』 「姉やん、どういうこと?」 『この世界は、BLゲームでしょ? そのゲームの中で、愛野くんは「主人公」、シゲルは「悪役モブ」の役割を振られてるわね。「悪役モブ」のあんたは、「主人公」の物語を盛り上げるために、ゲーム世界に存在する装置なの。だからこそ――主人公がゲームのエンディングを迎えさえすれば、「悪役モブ」のあんたも、お役御免になれるのよ』 「え、ええと、つまり?」    あかん、難しくてわからへん。目をくるくる回してたら、晴海がかみ砕いてくれる。   「シゲル。愛野がエンディングを迎えるまでの間、なんとしてもケツを死守したらええんや」 「そうか!」    ぽん、と手のひらを叩く。 「で、そのエンディングってのはいつなん?」  おれは、ずいっとスマホに身を乗り出した。姉やんは、高らかに宣言した。 『このゲームのエンディングは、全ルート共通、学園祭の日に迎えるわ!』 「ううっ」 「シゲル……まあ、元気だせ」  被服室を出て、廊下をとぼとぼ歩く。晴海が、励ますように肩を抱いてくれた。 「ごめんなあ。おれのせいで、楽しい学園祭が……」 「何言うてんねん。お前がおらな始まらんわ」 「晴海ぃ~」  優しい言葉に、感激して目が潤む。 「それに、まだ一年やで。来年もあるから、しょげんとき」 「うん……!」  おれは、ぎゅっと晴海の腕に抱きついた。 ――ガラ。  教室に入ると、しーんと静まり返っとる。  あれ? 昼休みやのに、なんで皆、席に座ってるんやろ。すると、担任が「臨時の話し合いだから、早く座れ」って言うてきて。  おれと晴海は、そそくさと席につく。次の瞬間―― 「納得できない! なんで、愛野くんに学園祭実行委員を譲らないといけないんだ?」  委員長の鋭い声が響いた。おれはぎょっとした。 「俺だって、したいわけじゃないんだってば! あいつらに言ってくれよ!」  黄色い声が、怒鳴り返す。  愛野くん、来てたんや。なにやら、顔を真っ赤にして憤慨しとる。  委員長は、ため息をついた。 「その他人事の口振りが嫌なんだ」 「なっ……!」 「生徒会の方の酔狂には困る。転入してきたばかりで、この学園のことなんて何も知らないやつに、何が出来るんだか」 「……!」 ――バンッ!  愛野くんは、思いっきり机を手で叩いて、立上がる。 「うるせぇなあ!」  大音声に、教室の黒板までビリビリ震えた。 「知識を得るのに必要なのは時間じゃないっつーの! おめーらこそ、この学園の変さに気づかねえくせに!――そこまで言うなら、やってやるよ実行委員!」  愛野くんの啖呵に、委員長が飲まれたように息を呑んだ。  みんなも、黙り込んでる。  え。この状況は一体なに? 「……全然、わからんねんけど……」  静かな教室に、おれの呟きはよう響いた。  しまった、と真っ青になったんは、愛野くんが振り向いた瞬間やった。
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