第一章 おけつの危機を回避したい

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 瞬発力というのは、危機感とおんなじもんなんやね。 「……あぁ?!」 「わー!」  愛野くんに凄まれた途端、自分がバッタになったかと思ったわ。 ――カッターン!  いうて倒れる椅子の音を背に、おれは廊下を走って逃げた。 「ひぃぃ」  なんでいっつも、いきなり怒るん? おれ、ちょっと「状況がわからん」て言うただけやぞ。愛野くん、おれへの心象悪すぎや。  そんな嫌われることした? 正直、おれの方が、愛野くんを嫌う理由あると思うけどな!  人よけながら、闇雲に走っとったら、正面から誰かにぶつかった。 「った」 「ぎゃっ。すみません」 「あれ? お前ー」  たたらを踏んだおれの腕が、ぐいと引かれる。びっくりして顔を上げたら――会計やった。  ひゅ、と息を呑む。 「よく見たらー、天ちゃんに絡んでる奴じゃん?」 「え、あ、覚えて……」  しっかり覚えられとって、膝がガタガタ震えてまう。すると会計は、にやりと笑った。 「あは。天ちゃんを困らせそうだと思ったから、覚えてただけだからー。俺、お前みたいのタイプじゃないし」 「は」  何を言うてんの?  あと、思わせぶりな感じで、八重歯を見せてくるんは何? 甚だ意味がわからんけど、周りの人らは「はぅ……」て息漏らしとった。 「そんなんしません。離してください」  掴まれた腕をぶんぶん振る。くっ、離れへん……!  そしたら、ギャラリーから「レン様……! そんな奴に構わないで!」と悲痛な声が。  見れば、見覚えのある美少年達や。  会計は、冷笑を浮かべる。 「……本当かなぁ? 俺の周り、しつけー奴多いんだよね。俺にその気は無いってのに。勘違いして、好きな子イジメてくるしー」 「痛っ!?」  会計の手に、ギリッと力が込もった。めっちゃ痛くて、じわっと涙が滲む。 「レン様……! そこまで僕らを疎んじて……!」 「僕らはソイツと違うんです! 本当に貴方が好きで……!」 「うるさい」 「っふええん!」  冷たく言われて、美少年達はその場に泣き崩れた。周りはザワザワしつつも、遠巻きにみとる。  ふいに、高い香水の匂いが鼻先を掠め、耳元でボソッと囁かれた。 「見せしめに、お前をバラしちゃおうかな?」  ゾーッ、と怖気が走る。 ――怖い!  たまらず、叫んだ。 「うわ~、いやや! 晴海ぃ~!」  わあっと泣き出したおれに、会計が「は?」って言う。  すると、 「シゲルー!」  ドドドド……と直進する猪みたいに、ギャラリーを跳ね除けて――晴海がこっちに向かってきた。 「はるみぃ!」 「シゲル!」  おれらは、ガシッと固く抱き合う。会計の手は、いつの間にか外れてた。 「一人で出て行ったらあかんやろ! 心配したんやで!」 「うええ、晴海~。こわかった~」 「ああ、泣くな泣くな……よしよし、遅なって悪かった」  頭を撫でられて、「ひーん」て泣き声が出る。助かった……。  晴海にしがみついて、肩を涙まみれにしとったら、声がかけられる。 「あの……聞いていい?」  昨日、「優姫くん」て呼ばれてた美少年やった。晴海が、硬い声で応じる。 「何ですか?」 「えーと……君たちは付き合ってるの?」  この状況で、聞くんがそれ? と思わんではなかった。ポカンとしとるおれに代わり、晴海が「はい」と答えた。 「あ……そうなんだ」  そう呟いた優姫くんは、不思議な顔で会計を見た。  なんちゅーか、どっかで見たことある。……そうや、母ちゃんや。父ちゃんが職場でチョコもろたって燥いでたとき―― 「その由美子さんって、とっくに結婚してるじゃないね。モテてるつもりで、嫌になっちゃうよ」  母ちゃんに呆れ声で言われて、父ちゃんしおしおになっとったっけ。  優姫くんの視線に、会計は動揺を見せる。 「……へー。あんた、こいつで勃つの? 趣味悪。全然色気ないじゃん」 「はあ?!」  恥ずかしかったんか、こっちに飛び火させてきよった。  てか、色気ないて何やねん! 無いにきまってるやろ、男の子なんやから……!  言い返したろ思って、口を開いたとき―― 「ひゃん!?」  ぐにっ、とおけつが掴まれた。晴海が、両手でぐにぐにと揉みしだいてくる。  周囲が「おおっ!」とどよめいて、おれは耳まで熱くなった。 「アホっ! 人前で何すんねん!」  肩を押し返そうとしたら、晴海に耳元で囁かれる。 「シゲル、チャンスやぞ。俺に調子あわせてくれ」  真剣な声に、はっとする。――フラグを回避するための、行動なんやな。そういうことやったら、頑張るで。おれは、小さく頷く。  と。  晴海は手を休めずに、会計を鼻で笑う。 「何やあんた。俺のデカブツに興味あんのか? 悪いけど、かわいい彼女専用や」 ――どっ……!  晴海の啖呵に、周囲は湧きに湧いた。笑いのドミノ倒しみたいになって、遠くまで「ワハハ」の波が広がっていく。  優姫くんが、「な、なんて奴だ……」と低い声で呟いたんが聞こえた。 「晴海っ」  勇ましい横顔に、おれは胸が震えた。  お前、おれとおんなじ童貞やんか……! せやのに、男泣かせの会計相手に、この啖呵。これぞジャイアントキリング。  男の中の男や……! 「な……てめぇ……」  一方、会計は真っ青になって、ブチ切れとる。たぶん、そんなこと言われたことなかったんちゃう。 「ふざけんな。誰がてめぇなんぞ……!」 「それこそ、誰がてめぇなんぞじゃ。シゲルかて、俺専用や。なー、シゲル」  晴海が、おれにウインクする。よし、わかったで。おれも――! 「そうやで! おれのデカブツかて、晴海のおけつ専用なんやからな!」  おれは、晴海のおけつを両手で掴んだ。次の瞬間、額をチョップされる。 「違うねん!」 「なんでっ」     
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