第一章 おけつの危機を回避したい

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 驚きのはじまりは、朝のホームルームからやったんや。 「昨日言ってた、喫茶店のことだけど! 賛成のひと、手をあげてください!」  教卓に、バンッと手を着いて愛野くんが号令した。  あ。そもそもの話しな。  うちのクラス、トリックアートの展示する予定でさ。夏休みも集まった甲斐で、あとは作品の仕上げするだけやってんな。  でも昨日、愛野くんが「それじゃ弱いから、喫茶店にしよう!」って言いだして。ニ週間もないし、「流石に無理だろー!」って、クラス一同突っ込んだわけ。「無理」って説得したい委員長と、「諦めたくない」愛野くんで、会議が踊りに踊ってな。話し合いは、持ち越すことになってんけど…… 「はい! 賛成!」 「俺もやりたい!」  今朝になって、みんなの手があがるあがる。バブル期のタクシー乗り場みたいになっとって、度肝を抜かれたわ。 「よっし! 賛成多数で、喫茶店に決定! じゃあ、学園祭のコンセプトは『世界の秘境でティータイム』に決定な!」  愛野くんが、小さな手を高らかに叩く。我先に続く藤崎。続々繋がる拍手の輪で、クラス中がパチパチ音に包まれた。 「ふええ……」  たった一日で、何が起こったん?  っと。  前の席で、なんか書いてた晴海がノートを持ち上げる。見れば、でっかい字で「ばらがく、クソゲーすぎやろ」って書いてあって、噴き出しかけた。  もう! 「愛野、ありがとう。俺達、喫茶店やりたかったけど、多数決で負けちゃってさ。出来て嬉しいよ!」 「あー俺、多数決って嫌いなんだ。数がすくねえからって、無視すんの違うと思うし。やっぱり、みんなが楽しめるのにしてぇじゃん!」 「すごいな、天使は。俺なんか、最初から諦めてたよ」 「何言ってんだよ、良太が頑張ってたから、俺が好きに出来るんだって!」 「天使……!」    HAHAHA! と高らかに笑い合う、愛野くんとクラスメイト達。  乗り遅れて、おれらは遠巻きに眺めとった。 「何かよ。昨日、藤崎と愛野がクラスメイトに聞き込みしたらしいぜ。そんで、喫茶店の案出してた奴らと意気投合して、こんな感じに」 「いや、そうはならんだろ」 「なってんだから、しょーがねえべ。俺ら、全然話し聞いてねーけどな」  竹っちが、半笑いでコーヒーを啜る。おれは、その怒った肩をタップした。 「まあまあ。決まったからには、楽しもうや」 「今井はお気楽だな~。でもまあ、膨れてても仕方ないわよな」  上杉が、後押ししてくれる。晴海も、拳をつくった。 「企画聞く限り、夏休み、頑張ったの無駄にはならんし。どうせやから、めっちゃええ店して、模擬店一位とったろうや」 「ははは……そうだな! まあ、どうせなら楽しむか」  気の合う仲間がおると、無茶なことも「まあええか」ってなるよね。  わははって笑いあって、おれらはさっさと長いもんに巻かれたんや。  ほんで、早速大急ぎで、準備が始まった。  学祭準備の為に設けられた、臨時授業の真っ最中。 「藤崎、おれら何か出来ることある?」 「……今井」  愛野くんに、直で行くんは怖いから。副リーダーで指揮取っとる藤崎に、指示を仰ぎに行ったんよ。  「してもらうことは、今のところないかな。何かしようにも、決まってないことが多すぎるから」 「そう? てか今、何決めてんの?」 「席の規模とか……また、細かいことが決まったら、ホームルームで言うから」  竹っちの質問に、藤崎はさくっと答えて、愛野くんの方へ行ってしまった。で、愛野くんらは、元々喫茶店やりたかったメンバーと、メニューのことで話してるみたいやった。 「まあ、皆で話し合ってる時間もねえか……」 「あいつらが、そもそも乗り気だったし。色々やりてえことあんだろーし」  鈴木と上杉も、顔を見合わせた。そうは言うても、ちょっと寂しそうな顔しとった。 「わっ」  頭を、急にわしわしかき回される。顔上げたら、晴海が笑っとった。 「今、することないみたいやし。トリックアートの様子でも見に行こか。」 「……そうやな!」  あっちも、もうじき完成やから。干したり、掃除したり、なんか色々出来ることあるかも。  そういうわけで、トリックアート班のおる、美術室へ向かったん。 「うわーすごい! めっちゃ秘境やなー!」 「そうでしょ?」  トリックアートは、ド迫力になっとった。夏休みにあらかた終わって、あとは仕上げだけていうてたのに。美術部員の筆て、魔法の杖か何かかしら。  仕上げは、美術部員が威信にかけてやるとのことで。おれら、あんま出来ることなかったけど。いろいろ話しながら、お手伝いしてん。 ……急な方針転換に、みんな気落ちしとるみたいやった。特に、リーダーの大橋はガックリきとるみたいで、今日は早退してしもたって。 「それは……なんて言うたらええか……」 「でも、みんなで頑張ってきたんだし。いい作品にしたいから、最後まで頑張るよ」  副リーダーの桃園が、にっこり笑って刷毛を掲げた。おれらは、ジーンときて鼻を啜る。 「凄えよ、お前ら。俺達も手伝うぜ!」 「ありがとう!」  そんで、お手伝いして、帰ってきたんやけど。  ドア、がらがらーって開けた瞬間、仁王立ちの愛野くんが、睨んできてたわけ。 「どこ行ってたんだよ!」 「え、びじゅ――」 「なんで、サボるんだよ今井! ちゃんとしてくれよ!」 「へ?! さぼってへんもん!」  言おうとした瞬間、手に持ってた綾鷹を指さされた。喉乾いたから、皆で飲んでたやつ。 「コンビニ行ってたんだろ?」 「いや、これは朝買ったやつやで」  って、晴海がフォローしてくれたのを、聞いてか聞かずか。愛野くんは、目を潤ませた。え、ちょ。 「何でだよ……皆でやったほうが、楽しいじゃん! 俺が気に入らなくても、クラスのみんなの気持ち、考えてくれよ!」  ひ、人の話、聞かへんねんけどー!
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