第一章 おけつの危機を回避したい

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――ブルブル……。    「……はひっ!?」    いきなり、おけつが震えて目が覚めた。慌てて、ポケットに手ぇ突っ込んで、スマホのアラームを止める。  目を開けたら、晴海の白Tが間近にあって、「おろ」と思う。おれ、なして晴海に引っ付いて寝とるんやろ……。  あ、そうや。  昨夜は、愛野くんに会って。べえべえ泣きながら帰ったら、晴海が「何や何や」て出迎えてくれて。ほんで、「励ましゲーム会」を開催してくれたんやったっけ。  いつの間にか、寝落ちしてしもたんやな。晴海はSwitch握ったまんま、寝息立てとった。ベッド狭いから、横向いてんのか仰向いてんのか、ようわからん姿勢で寝ころんどる。   「ふふふ。なんか猫みたいやね」    起こさへんように、ベッドの真ん中に移動させる。まだ時間早いから、ゆっくり寝といてな……。足元に丸まっとる布団、かけようとして――おれは目がまん丸になった。    ――でっかー!?    晴海、朝立ちしとるが。  いや、それ自体は珍しないのよ。おれもするし。  でも、なんか、めっちゃデッカイねんて。テントどころか、「おたくの山、標高何メートル?」いう感じなんやけど。いやあ、デカブツ言うとったんは、誇張表現やなかったんやね……。   「はっ」    思わず、まじまじと見てしもてから、我に返る。  あかんあかん。共同生活において、朝立ちは素知らぬふりがマナーやろ!  おれは、晴海にそっとお布団をかけて、ベッドを下りた。         「べつに、喫茶店を止めろなんて言わねー。こんだけ盛り上がってて、今さら中止なんてなったら顰蹙買うだけだし」    大橋は、ダルそうに頬杖をついて言う。おれらは、教室の隅で車座になって喋っとった。  学祭まで間がないから、早朝に準備することになってな。愛野くんの元気のええ声が、教室に響いとる。   「まあ、喫茶店のオマケにされんのは気に食わねえけど。それだけで見られるように、どんだけ手間をかけたと思ってんだか」 「そうやんな。みんなですごい時間かけて作ってんもんな……」    うんうんと頷く。  教室いっぱいに展示する予定やったから。まず紙自体おっきいし、絵の具塗るだけでも大変やったもんね。その甲斐あって、ド迫力の出来やから、作品をよく見てもらえへんのは切ない。  桃園も、眉をへにゃって下げる。   「調理スペースとか考えると、どうしても絵の全部は見てもらえないよね。それは、僕もちょっと悲しくて」 「だから、言ったろ。みんな絵なんて興味ないんだよ」    大橋は鼻で笑った。竹っちが、「じゃあさ」と声を上げる。   「展示場所、替えてみるって言うのはどうだろ? 喫茶店は喫茶店でするとしてさ。トリックアートも単独で展示するってのは?」 「お、いいじゃん!」    上杉が、パチンと指を鳴らす。と、鈴木が不安そうに言った。   「でも、今から展示する場所なんて、あるか?」 「被服室で良かったら、空いてんで? あのでかい机も、どかそう思ったらどかせるし」    晴海の提案に、山田が顔を明るくする。   「ホントか? なあ、どうよ大橋――」 「どうもこうも無い」 「ええっ!? なんで?」    大橋は、いやそうにため息を吐いた。   「そんなことしたって、「目立ちたがり」とか「非協力的」とか言われるだけだ。せっかくの絵のイメージまで悪くなって、良いことないだろ。俺はチヤホヤされたくて、文句言ってんじゃねえ」 「大橋……」    みんな、「うーん」と考え込んだ。  何ぞ、ええ案はないものか。  みんな、喫茶店を止めさせたいわけやないのよ。ここまで頑張ってきたトリックアートを、悲しい気分で眺めたくはないだけで。   「――何してるんだ?」    ふいに、怪訝そうな声が頭の上におってくる。  振り返ったら、藤崎やった。後ろに、愛野くんもおる。晴海が顎をあげて、藤崎に答えた。   「トリックアート班と、展示のことで話してんねん」 「え、なにを?」    愛野くんが首を傾げる。  山田が眉根を寄せたんを見て、おれは慌てて口を開く。   「ほら、色々あるやん? 展示の方法とかさ……」 「じゃあ、トリックアート班の人、こっちに来てくれよ。どういう風に展示するか、良太と話してみたんだ!」    愛野くんは、「なっ!」と藤崎と笑い合う。  ギュッと口を引き結んだ大橋を横目で見て、桃園が意を決したように話し出した。   「あのね。僕たち、喫茶店がいやなわけじゃないんだ。それは前提として、聞いてほしいんだけど。いきなり案が変わってしまったから、少し戸惑ってる部分があって……」 「え。何なにっ? 何が?」 「その……喫茶店をしたら、展示のスペースが縮小されるよね。ちゃんと絵が見てもらえないんじゃないかって……」    桃園の言葉に、愛野くんはにっこりした。   「ああ、そういうこと? 大丈夫だよ! ちゃんと、展示ありきの喫茶店だから。ガチのトリックアート飾ってる喫茶店なんてないし、絶対すげえと思うんだ!」 「あ……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど」    愛野くんは、ぐっと握りこぶしを掲げる。   「やるからには、一番いいのにしたいだろ! それに、ただ絵を飾ってるだけより、喫茶店にした方が人も来るって!」    次の瞬間、大橋がガバッと立ち上がった。人を殺しそうな目で、愛野くんを睨みつける。   「ざけんな。てめえの客寄せの為に、描いた絵じゃねーんだよ!」    鋭く吐き捨てると、大橋は教室を出て行ってしもた。愛野くんは、「え……」と息を飲んで立ち尽くす。   「大橋っ!」    桃園と山田が、弾かれたように追っかけていく。   「や、やばいぞ」 「俺らも追っかけよう!」    慌てて走り出しかけたとき、「天使、大丈夫か?!」と藤崎の声が聞こえてきた。   「良太……俺、なんかマズいこと言ったのかな? 俺なりに、頑張ってんだけど……」 「ああ。天使は、皆の為を考えてるよ」    藤崎は、愛野くんの肩を抱いて慰めとる。おれは、これだけは言うとかなと思って、一歩進み出た。晴海が心配そうにしたのに、笑って見せる。   「愛野くん。トリックアート、美術室に見に来てくれた?」 「それは……まだだけど。でもちゃんと、スマホで見せてもらって」    おれは、首を振る。   「あのトリックアートは……大橋らがリーダーしてくれてな、ええ作品にしようって。みんなで一生懸命作って来てん。愛野くんが、喫茶店頑張ってるんとおんなじくらい、気持ちこもってんねん。そこんとこ、わかってほしい」 「……ッ!」    愛野くんの顔が、かあっと赤くなる。みるみるうちに、大きい目に涙が盛り上がったと思うと――   「天使!」    愛野くんは、教室を飛び出してってしもた。藤崎が、すぐに後を追う。   「……はわ」    泣かした。言い過ぎたんやろか。自分の事、わりかし棚に上げて……  おろおろしとったら、晴海が肩をガシッと抱いてくれた。   「シゲル、よう言うた!」    みんなも、笑顔で背中叩いてくれて。おれは、ホッとして……その場にへたりこんでしもた。    
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