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――ブルブル……。
「……はひっ!?」
いきなり、おけつが震えて目が覚めた。慌てて、ポケットに手ぇ突っ込んで、スマホのアラームを止める。
目を開けたら、晴海の白Tが間近にあって、「おろ」と思う。おれ、なして晴海に引っ付いて寝とるんやろ……。
あ、そうや。
昨夜は、愛野くんに会って。べえべえ泣きながら帰ったら、晴海が「何や何や」て出迎えてくれて。ほんで、「励ましゲーム会」を開催してくれたんやったっけ。
いつの間にか、寝落ちしてしもたんやな。晴海はSwitch握ったまんま、寝息立てとった。ベッド狭いから、横向いてんのか仰向いてんのか、ようわからん姿勢で寝ころんどる。
「ふふふ。なんか猫みたいやね」
起こさへんように、ベッドの真ん中に移動させる。まだ時間早いから、ゆっくり寝といてな……。足元に丸まっとる布団、かけようとして――おれは目がまん丸になった。
――でっかー!?
晴海、朝立ちしとるが。
いや、それ自体は珍しないのよ。おれもするし。
でも、なんか、めっちゃデッカイねんて。テントどころか、「おたくの山、標高何メートル?」いう感じなんやけど。いやあ、デカブツ言うとったんは、誇張表現やなかったんやね……。
「はっ」
思わず、まじまじと見てしもてから、我に返る。
あかんあかん。共同生活において、朝立ちは素知らぬふりがマナーやろ!
おれは、晴海にそっとお布団をかけて、ベッドを下りた。
「べつに、喫茶店を止めろなんて言わねー。こんだけ盛り上がってて、今さら中止なんてなったら顰蹙買うだけだし」
大橋は、ダルそうに頬杖をついて言う。おれらは、教室の隅で車座になって喋っとった。
学祭まで間がないから、早朝に準備することになってな。愛野くんの元気のええ声が、教室に響いとる。
「まあ、喫茶店のオマケにされんのは気に食わねえけど。それだけで見られるように、どんだけ手間をかけたと思ってんだか」
「そうやんな。みんなですごい時間かけて作ってんもんな……」
うんうんと頷く。
教室いっぱいに展示する予定やったから。まず紙自体おっきいし、絵の具塗るだけでも大変やったもんね。その甲斐あって、ド迫力の出来やから、作品をよく見てもらえへんのは切ない。
桃園も、眉をへにゃって下げる。
「調理スペースとか考えると、どうしても絵の全部は見てもらえないよね。それは、僕もちょっと悲しくて」
「だから、言ったろ。みんな絵なんて興味ないんだよ」
大橋は鼻で笑った。竹っちが、「じゃあさ」と声を上げる。
「展示場所、替えてみるって言うのはどうだろ? 喫茶店は喫茶店でするとしてさ。トリックアートも単独で展示するってのは?」
「お、いいじゃん!」
上杉が、パチンと指を鳴らす。と、鈴木が不安そうに言った。
「でも、今から展示する場所なんて、あるか?」
「被服室で良かったら、空いてんで? あのでかい机も、どかそう思ったらどかせるし」
晴海の提案に、山田が顔を明るくする。
「ホントか? なあ、どうよ大橋――」
「どうもこうも無い」
「ええっ!? なんで?」
大橋は、いやそうにため息を吐いた。
「そんなことしたって、「目立ちたがり」とか「非協力的」とか言われるだけだ。せっかくの絵のイメージまで悪くなって、良いことないだろ。俺はチヤホヤされたくて、文句言ってんじゃねえ」
「大橋……」
みんな、「うーん」と考え込んだ。
何ぞ、ええ案はないものか。
みんな、喫茶店を止めさせたいわけやないのよ。ここまで頑張ってきたトリックアートを、悲しい気分で眺めたくはないだけで。
「――何してるんだ?」
ふいに、怪訝そうな声が頭の上におってくる。
振り返ったら、藤崎やった。後ろに、愛野くんもおる。晴海が顎をあげて、藤崎に答えた。
「トリックアート班と、展示のことで話してんねん」
「え、なにを?」
愛野くんが首を傾げる。
山田が眉根を寄せたんを見て、おれは慌てて口を開く。
「ほら、色々あるやん? 展示の方法とかさ……」
「じゃあ、トリックアート班の人、こっちに来てくれよ。どういう風に展示するか、良太と話してみたんだ!」
愛野くんは、「なっ!」と藤崎と笑い合う。
ギュッと口を引き結んだ大橋を横目で見て、桃園が意を決したように話し出した。
「あのね。僕たち、喫茶店がいやなわけじゃないんだ。それは前提として、聞いてほしいんだけど。いきなり案が変わってしまったから、少し戸惑ってる部分があって……」
「え。何なにっ? 何が?」
「その……喫茶店をしたら、展示のスペースが縮小されるよね。ちゃんと絵が見てもらえないんじゃないかって……」
桃園の言葉に、愛野くんはにっこりした。
「ああ、そういうこと? 大丈夫だよ! ちゃんと、展示ありきの喫茶店だから。ガチのトリックアート飾ってる喫茶店なんてないし、絶対すげえと思うんだ!」
「あ……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど」
愛野くんは、ぐっと握りこぶしを掲げる。
「やるからには、一番いいのにしたいだろ! それに、ただ絵を飾ってるだけより、喫茶店にした方が人も来るって!」
次の瞬間、大橋がガバッと立ち上がった。人を殺しそうな目で、愛野くんを睨みつける。
「ざけんな。てめえの客寄せの為に、描いた絵じゃねーんだよ!」
鋭く吐き捨てると、大橋は教室を出て行ってしもた。愛野くんは、「え……」と息を飲んで立ち尽くす。
「大橋っ!」
桃園と山田が、弾かれたように追っかけていく。
「や、やばいぞ」
「俺らも追っかけよう!」
慌てて走り出しかけたとき、「天使、大丈夫か?!」と藤崎の声が聞こえてきた。
「良太……俺、なんかマズいこと言ったのかな? 俺なりに、頑張ってんだけど……」
「ああ。天使は、皆の為を考えてるよ」
藤崎は、愛野くんの肩を抱いて慰めとる。おれは、これだけは言うとかなと思って、一歩進み出た。晴海が心配そうにしたのに、笑って見せる。
「愛野くん。トリックアート、美術室に見に来てくれた?」
「それは……まだだけど。でもちゃんと、スマホで見せてもらって」
おれは、首を振る。
「あのトリックアートは……大橋らがリーダーしてくれてな、ええ作品にしようって。みんなで一生懸命作って来てん。愛野くんが、喫茶店頑張ってるんとおんなじくらい、気持ちこもってんねん。そこんとこ、わかってほしい」
「……ッ!」
愛野くんの顔が、かあっと赤くなる。みるみるうちに、大きい目に涙が盛り上がったと思うと――
「天使!」
愛野くんは、教室を飛び出してってしもた。藤崎が、すぐに後を追う。
「……はわ」
泣かした。言い過ぎたんやろか。自分の事、わりかし棚に上げて……
おろおろしとったら、晴海が肩をガシッと抱いてくれた。
「シゲル、よう言うた!」
みんなも、笑顔で背中叩いてくれて。おれは、ホッとして……その場にへたりこんでしもた。
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