第一章 おけつの危機を回避したい

4/21
前へ
/21ページ
次へ
『いい? 悪役に転生しちゃっても、フラグの回避をすればバッドエンドは避けられるわ』    姉やんは、ネット小説を読み漁って得た知識で、おれの今後の行動を指示した。    ――まず、死亡フラグの原因となる行動をせえへんこと。   「シゲルの場合は、まず愛野に絡まへんことやな」 『その通り。まず主人公と絡まなきゃ、会計ルートは始まらない。化学教師に目を付けられもしないわ』 「なるほど」     でも、それやったら簡単や。  ゲームのおれは、どうか知らんけど。このおれは愛野くんに恨みなんかないし、絡む予定もない。  姉やんは、回避するべき最初のイベントを話してくれた。  愛野くんと会計のルートは……茶髪モブ(おれ)に絡まれてるのを助けることから始まる。  自分に惚れへん愛野くんにときめいた会計は、すぐさまキスをぶちかまし、恋のゴングが打ち鳴らされるそうや。  おれは、真剣にストーリーを頭に叩き込んだ。   「それにしても、出会い頭にキスて。展開早すぎん?」 『いや、普通でしょ。エンディングまでに二回はヤんなきゃいけないし。会長ルートなんて、肩ぶつかっただけでセックスよ』 「BLやばいっすね」    最初の方針が決まったところで、おれと晴海はいっぺん電話を切った。姉やんの単位がヤバいし、おれらも腹が減ったしな。  被服室を出て、たらたら廊下を歩く。   「晴海ー、今日の定食何やろなぁ」 「ホイコーローちゃう? 食堂の裏にキャベツのダン箱、山積みやったから」 「ほんま? 楽しみやわ……」    ――ドンッ!   「あぎゃ!」 「うわぁ!?」    笑顔で振り返った拍子に、なんか腰にぶつかってきた。後ろを歩いとった晴海の胸に、ダイブする。   「ちょお、何? 痛いやんけ」    ぶつけた鼻をさすりつつ、文句を垂れておれは目を丸くする。  そこには、おデコを赤くした愛野くんが仁王立ちしていた。仁王立ちいうても、おれより頭ひとつちっさいから、子供がイキっとるみたいなんやけど。さっき、ぶつかってきたんは、愛野くんの頭やったらしい。   「なんだとっ! そっちがぶつかって来たんだろ!」    愛野くんは、黄色い声で怒鳴ると、いきなりパンチを繰り出してきた。ドフッ! と重いのを腹にくらい、おれは「オエッ」と呻いた。   「シゲル、大丈夫か!」  「小さいからって、馬鹿にすんなよ!」    愛野くんは、得意になってシャドーボクシングなんぞしとる。  何や、こいつ! いきなり、人のどてっぱら狙う奴があるか! おれは、頭がカーッとなる。   「なにすんねん、あほっ」 「いたっ!」    ぱちん、と平手で頭をはたいた。  びっくりしたんか、愛野くんのでっかい目がウルっとする。ちょっと胸がすいたところで、背後に妙な気配がした。  なんやろう、周囲がざわざわしとるんやけど。   「――ちょっと、何してんのー?」    ゆるーい喋り方に、ギクッとする。  恐る恐る振り返ると、そこにおったんは予想通りの人物やった。  ミルクティみたいな色の、ゆるく巻いたロン毛。背ぇのひょろっと高い、たれ目の美形。「歩くそごうの一階」と異名を取るこの男は――   「会計やんけ……」    晴海が、ぎょっとした感じに呟く。  会計は、ガッチガチになったおれの肩を掴むと、にやりと笑って囁いてきた。   「ださいよ、お前……男の子の口説き方も、知らねーの?」    何言うてんの?  絶句しとったら、「普通知らんやろ」と晴海が言った。そうやんな。  ドン引きのおれらの横を、会計は髪をかき上げながら通り過ぎ――愛野くんの肩を抱いた。   「きみ、大丈夫? 変な奴らに絡まれて、怖かったねぇ」 「……はぁ!? ガキ扱いすんなよっ?」    よしよしと頭を撫でられて、愛野くんは涙目を見開く。バシン、と手を振り払い、会計を睨みつけた。  愛野くんの反抗的なふるまいに、会計は目を丸くした。   「あらら、気が強いんだねー? すっごく可愛いのに」 「可愛くねーっ! 俺は男だぞ!」    ぎゃんぎゃん喚く愛野くんに、会計は「フッ」と意味深に笑い――身を屈めて。   「――んむう!?」    がっつり、マウスツーマウスをぶちかます。  ギャオオ! と周囲から野太い悲鳴が上がった。  おれは、呆然としながら、となりの晴海の袖を引く。   「は、は、晴海……あれ」 「おう……舌までガッツリやな」 「ちゃうねん! 最初のイベント、起こってしもたで!」 「あっ、ほんまや!」    晴海はかっと目を見開いた。遅いねん、もう!    
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加