第一章 おけつの危機を回避したい

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「うーーん……」     寮の部屋で、おれはスマホと睨めっこしとった。  開いとるページには、姉やんお勧めの漫画。頬を赤らめた男たちが、夕焼けに照らされた教室でエッチッチしとる。「お前が好きだ!」「俺は大好きだ!」と叫び、二人が絶頂を迎えた瞬間、おれはスマホを放り投げた。   「出来るか、こんなん!」    何考えてんねん、姉やんは! ばふばふとベッドマットを殴りつける。  脳裏には、被服室での通話が、ぐるぐるとよぎった――           「なっなっなんで、おれと晴海がBLやねん!?」    完全に度肝を抜かれて、おれは叫んだ。はっとしたらしく、晴海も電話を掴み上げる。   「お姉さん、何考えてるんすか?!」 『落ち着いて、ちゃんと理由を話すから。あのね――この世界はBLゲーム。シゲルのキャラは、悪役モブでしょ? 破滅回避するには、このキャラ付けを取っ払うしかない』 「ど、どういうこと?」    おれと晴海は、顔を見合わせる。   『さっき、「主人公の友達」になれば「悪役モブ」じゃなくなるって言ったわよね? つまり、ゲーム内で別のキャラ付けを持てば、「悪役モブ」の運命から解放されるってこと! 愛野くんと仲良くなれないなら、自分でキャラを変えるしかないわ』 「ほなら、なんでBL? なんか、他の個性を押し出してくとか」    そう言うたら、鼻で笑われた。   『あんたね、モブの分際でナマ言ってんじゃないわよ。そんな個性があれば、最初からいい感じの脇役で登場できてるっつーの』 「ひ、ひどい!」 『だから、BLよ! 大したとりえが無くても、いい男と付き合えば「素敵な彼氏持ちの男」になれるっ! 普通、都合よくいい男は転がってないけど、幸いにもあんたには晴海くんがいるんだから!』    姉やんは、熱い熱い、受話器が焼けそうな声で、宣言した。   『いい? あんたの明日からのキャラ付けは――「主人公のクラスにいる、モブカップルの彼女」よ!』         「なんでそ~なるん! しかも、そこまでやっても、まだモブやし!」    ばす! と枕に頭を打ち付けた。  ひどい、姉やん。彼女もおったことないのに、彼女になれやなんて。おれは、おけつを守りたいだけやのに、何で……。 「ううう」と呻いて、枕に突っ伏していると。   「なんや、これ?」 「うわあ!」    おれのスマホを持って、晴海が側に立っとった。首にタオル掛けて、湯上りでほかほかしとる。おれは、慌ててスマホをひったくった。   「どえらい巨根やなあ。お前、巨乳好きはどうしたん?」 「ちゃうもん! これは、姉やんが読んで学べって言うからっ」 「うん、知っとる」 「なんやねん!」    晴海は笑って、おれのベッドに腰掛けた。後頭部をわしわし撫でてくる。   「むくれとらんと、頭乾かせよ。風邪ひくで」 「うう……でも……」 「シゲル。やっと見えた光明やんか」    励ますように言われて、うっと詰る。   「わかっとるけど……! 逆に、晴海は平気なん? おれと付き合ってるフリすんねんで?」 「平気や」 「即答!?」     おれは、ぎょっと目をむいた。ほ、本気で言うてんのか、お前……!   「え、意味わかっとる? 付き合うって言うたら――お前、皆におれとチューとかしてると思われるんやで?」 「ええよ」 「いやいやいや……そ、そうや! おれら同室やから、毎晩パコパコしてると思われるよ? ええんか?!」 「全然かまへん」    ホンマに考えてる?! って聞きたいくらい、晴海は即断即決や。おれはうろたえて、晴海の横顔を見上げた。   「な、なんで? なんで平気なん?」    どう考えても、おれ以上に――晴海にとっては損しかない話やんか。いくらウチの学校でも、変な目で見られるかもしれへんのに。  すると、晴海はきっぱりと言う。   「他ならぬお前のピンチに、俺の評判なんぞ塵芥や」 「……!」    真っ黒い目に漲る気迫に、ドキッとする。   「……お前、そこまでおれを慮ってくれるんか……?」 「水臭い。俺とお前の仲やろ!」 「は、晴海ぃ~!」    おれは感激の涙を溢し、晴海に抱きついた。お互いの背中を、バシバシと叩きあう。   「わかった、頑張る! お前がそこまで言うてくれるんや。おれも腹くくって、お前の彼女になるわ……!」 「そうか! ほな明日からよろしくな!」 「うん!」    思いっきりギューされて、心強さに笑ろてまう。  晴海は首にかけてたタオルで、ぐちゃぐちゃの顔拭いてくれた。優しい。   「晴海がおって、良かった……おけつ真っ暗やのに希望が持てるんは、お前のおかげやで?」    心からの感謝を目に込めて、見つめる。  すると――晴海は穏やかに微笑み、おけつを揉んできた。   「これからは、お前のケツは俺のケツ。二人で守ろうな」 「台無しや、あほ!」    おれは彼女らしく、ほっぺをビンタしといた。
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