第一章 おけつの危機を回避したい

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「お前さ、愛野くんの事殴ったってマジ?」 「ちゃうねん! それはっ」 「殴ってないの? じゃ、あっちが嘘つきって事?」 「そ、そうでもないけど。でも、ちょっと叩いただけやし! 事情があって」 「ふーーん?」    あかーん! 何をどう言うても、微妙な反応される!  まごまごしとったら、晴海が「とにかく、誤解や」って助けてくれた。   「大丈夫か、シゲル?」 「うわ~、晴海ぃ~!」    わっと晴海の肩に泣き伏す。  ひどい。風評被害や。  朝からずっと、「愛野を殴ったのか?」って聞かれてるねん。クラスメイトどころか、別の学年のやつにまで。今かて授業中やのに、わざわざ聞いてこられてさ。  当の愛野くんは、あれからチラッとも帰ってこん。おかげさんで、おればっか質問責めされてるやんけ。  晴海は、「よしよし」と頭を撫でてくれる。   「シゲルは、ぶきっちょやなあ。「殴ってへん」て言うたらええのに」 「うう……でも、頭叩いたんは、ほんまやもん……」    おれのあほ! 我慢してたら、堂々と「潔白や」と言えたのに。  晴海のシャツを涙塗れにしとったら、竹っちらが肩を叩いてくれる。   「泣くなよ今井。俺らはわかってるからさ」 「そうそう。みんな野次馬根性だよ。すぐ興味なくすって」 「みんな……!」    あたたかい笑顔に、胸が熱くなった。   「そこ、静かにしなさい」    とつぜん、冷静な声が和やかな空気を切り裂いた。  振り向くと、化学教師の榊原先生が立っとった。「ひえっ」と声を上げそうになって、慌てて口を押える。 ――榊原由紀彦(さかきばら・ゆきひこ)(齢29)。おれのおけつの天敵や。  改めて、先生を見て――なんで今まで、平気で授業受けれてたんやろうって思う。髪型は、風浴びたマイケル・ジャクソンみたいやし。金のネクタイに、蛇皮のシャツ着とる先生とか、面白すぎるのに。  先生は、銀縁の眼鏡をクイクイしながら、おれを見下ろした。   「今井くん。騒いだ罰として、居残って片づけを手伝いなさい」 「えっ」 「――何か?」    怖い声で言われ、頷くほかない。教室のどっかから「いいなあ」「榊原先生のお手伝い、僕もしたあい」と声が聞こえてくる。ほな、代わってくれ……!  しおしおと項垂れとったら、晴海が肩を抱いてきた。   「シゲル、しっかりするんや」 「だって、怖いやん! あいつに、おれのおけつがっ」 「わかっとるけど気張れ。これは、何かのイベントかもしれへんぞ」 「ええっ」    晴海が、ひそひそと言う事には、こうや。  榊原は、可愛い感じの生徒が好き。やから、おれらみたいなんが、今までどんだけ騒いでもスルーしてる。せやのに、今日はおれだけ呼び出しを食った。その心は、つまり――   「愛野くんが会計ルートに入ったから、悪役モブのおれに接触してきたんかもしれん……ってこと?!」 「ああ、そうや。もう、お前と愛野が揉めとることは、周知の事実やし」 「ひいい」    ガタガタ震えてたら、晴海が真っ黒い目を光らせる。   「大丈夫、俺に考えがある。ここを何とか踏ん張るで!」 「晴海……!」  力強く言われて、胸にむくむくと勇気が湧いてくる。おれも、腹をくくる。 「わかった!」  で。 「今井くん、有村くん。それはこちらに」 「はいっ」  おれと晴海は、洗った実験道具を持って、榊原先生の後をついていく。向かう先は、準備室や。  晴海は、「俺も手伝います」の一点張りで付いてきてくれた。先生はおもろくなさそうやったけど―― 「俺ら、付き合い始めたんですわ! 片時も離れたくないんです!」 「そうそう、そうなんです!」  と、一芝居うったら、渋々ゆるしてくれた。お付き合い効果、てきめんやね。  準備室の中は、散らかってないけど、物だらけ。  真ん中に作業台がドンと置いてあって、壁に同化してる棚には道具とか薬とか、いっぱい並んであった。 「とりあえず、そこの台に置いていって下さい」 「はいっ」  おれと晴海は作業しながら――さり気なく部屋を見回した。  ようし、作戦決行や! 「ええか、シゲル。準備室に入ったら薬を探すで」  さっき、晴海はおれの耳にこそこそと囁いた。 「薬って?」 「薬言うたら、あの媚薬ローションや」 「ええっ?」  ぎょっとして身を引くと、晴海は真剣な顔をして言う。 「あの薬がキーアイテムやろ? この機会に見つけ出して、破棄しといた方がええ」 「で、でも。そんな解りやすいとこにあるん?」 「絶対ある! 俺を信じろ!」 ……って、晴海は言うてたけど。  ほんまにあるんかなぁ。そんな危ないもん、解りやすいところに置くやろか。  そう思いつつ、一番奥の棚を見上げたら。 「ふわあ?!」 「……どうしました?」 「い、いえいえ! 何でもありません!」  訝しげに尋ねられ、慌てて誤魔化した。危なかった……! ――あったか?! ――あったで!  先生にばれんように、アイコンタクトを交わす。  あった、媚薬ローション……!  一番奥の棚の、上から三段目。  そこに――デッカイちんちんの形した、ショッキングピンクのボトルがちん座しとった。
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